拝啓
『母は貴女をとても大切にしていたのを知っていましたよね?
それに母と貴女は何時も一緒に居た。
そんな母に何故酷い仕打ちをしたんですか?』
智恵美は煙草の火を消しながら、苛々した口調で答えた。
『確かにね。あの子と何時も一緒に居たよ。私には女友達と呼べる子はあの子だけだった。』
私は智恵美の声を遮るように言った。
『じゃあ何故?!』
智恵美さんは悲しそうな口調で答えた。
『悔しかったのと、羨ましかったの。あの子は…。何時だって、直向きだった。それが羨ましかったし、ある意味、私より冬也を理解していた事が悔しかったのよ。
だから、私はわざと冬也と私の仲を見せつけたり、恋人ののろけ話を話した。
でも、あの子は動じなかった。
それがより私の心を惨めな気持ちにさせた。
だから、私は冬也の子供を妊娠して、堕ろしたと嘘をあの子に言った。』
私は静かに智恵美さんに話した。
『母は本当に貴女を大切にしてました。
それに冬也さんも大切にしていたから、母なりに必死で守っていた。
自分の想いを押し殺してでも、だから、貴女が他の男性の話を聞くのは、冬也さんと貴女の間での、のろけ話を聞くより辛かったと思います。』
智恵美さんは頬杖をついて下を向きながら小さな声で言った。
『そうね…。他の男の話を聞く方があの子は悲しそうな顔をしてたわね。
アテイ君と寝た話を聞いたときが1番ショックだった顔をしてたわ。』
私は愕然とした。
アテイ君…。あの男性と目の前の人が…。
私は母がどんなに悲しんだのか想像もつかなかった。
守ってきた大切なモノが崩れ落ちる…。
『あの子の髪を自分で切らせたのもアタシ。冬也はあの子の髪をとかすのが好きだった。だから、あの子が髪を伸ばしてたのを知ったから、けしかけたら、あの子は髪を自分で切り落とした。』
私はもうこれ以上智恵美さんの話を聞きたくなくなった。
母はどんなに傷付いていたんだろう…。
あんまりだ…。それでもずっと母はこの人の側に居た。
私は耐えられなくなってポロポロ涙が溢れてテーブルに涙が落ちていた。
すると、智恵美さんは煙草に火をつけて言った。
『どう?最低でしょ?アタシ。
アタシだけ惨めになりたくなくて彩も道連れにしたのよ。』
私は智恵美さんを睨んだ。
その瞬間私は見てしまった。母が何故こんなに酷い仕打ちをされても尚この人と一緒に居たのか。
母はこの人の悲しい表情を見ていたんだ…。母の事だ、大切な人が悲しんでいたら絶対孤独にさせる筈が無い。
だから、ずっと側に居たんだ!
私は静かに智恵美さんに話した。
『母が何故貴女と一緒に居たのか分かりました。
貴女を孤独にさせたくなかったから…。
どんなに自分が傷ついても側に居たんです。
母は損得で人を測る人じゃない。
貴女はそんな母も羨ましいと思っていたんですね。悲しい人ですね…。貴女は…。』
智恵美さんはフッと悲しそうな顔をして口を開いた。
『彩を羨ましくて、それが悔しくて、彩より有利に立ちたくて彩の大切な気持ちを壊した…。
アンタ、やっぱり彩に似てるわね。
アンタの目は彩にそっくりだわ。』
母はこの人の良いところもちゃんと見ていた筈だ。
私は向のテーブルに座っている智恵美さんをマジマジと見た。
時折見せるこの人の淋しさを少しでも癒そうとしていた母。
冬也さんもそうだったのだろうか?