拝啓
約束の時間の1時間も前に私は待ち合わせのファミレスに居た。
母の煙草に母のZippoで火を着けた。スッカリ喫煙者になっていた。
でも、母の事が解ればまた私は吸わなくなるだろう。
立ち上る煙をぼんやり眺めて何本目かの煙草を吸っていると突然声がした。
『華澄さんだね。』
私は驚いて慌てて煙草を消して立ち上がった。
相手はクスリと笑うともう一度言った。
『彩佳の娘さんだね。』
私はコクりと頷くと、相手は向かいの席に座り、ドリンクを注文した。
私は冬也さんを見ることが出来ないでいた。
顔を見てしまったら、きっと思い付く限りの疑問を投げ掛けてしまうと思ったから。
下を向いている私に冬也さんが口を開いた。
『彩佳に似てる…。雰囲気が…。でも、彩佳の方がよく笑って、よく泣いて、心のままにしていたな…。』
透き通るような濁りの無い声。私は少し顔を上げた、冬也さんの手が見えた。
母がよく言っていた。
長くて綺麗な手で母の髪を撫でてくれたのがとても気持ち良くて眠くなると言っていた。
母の言う通り、綺麗で長い指。
私は何から話して良いのか、分からなくて、黙っていると、冬也さんが話し始めた。
『彩佳の事好きだよ。変な意味じゃ無くてね。
彩佳は自分と似ていたところがあったし、自分の事をとても分かってくれていた人だったからね…。でも、どうしよもない事ってあるでしょ?
もっと若い頃にお互い付き合っていたら良かったんだろうけれど、再会したときにはお互い家庭を持っていたしね。』
そう言うと冬也さんは煙草を取り出し火を着けた。
母と同じZippoだった。
私は思わず口を開いた。
『そのZippoどしたんですか?』
冬也さんは静かに答えた。
『彩佳からのプレゼントだよ。』
母は余程の人じゃないと人にプレゼントするような人じゃない。
そして、心を許した人にしかプレゼントをしない。
私は冬也さんに率直に聞いた。
『母の事知りたいんです。貴方から見た母の事を教えてください。きっと母は貴方には、貴方だけには本当の母の姿を見せていたと思うんです!』
冬也さんは静かに煙を吐き出して私の顔を見て、そして目線を外に移してから話し始めた。
『何も特別な子じゃないよ。彩佳は、普通の女の子だったよ。強いて言えば、とても素直だったよ。とてもね…。』