拝啓
以外な答えで私は戸惑った。母を《普通》と言った人はこの冬也さんただ1人だったから。
私が黙っていると冬也さんは続けて話を始めた。
『彩佳は絵が上手かったよ。』私は更に驚いた。
母は人に絵を見せない。宗ちゃんにさえ滅多に見せなかった。
この人はそれらをサラリと言った。
母がどれだけ冬也さんに心を開いていたのか…。恐らく全てを晒け出していたんだ。
私が思っていたより遥かに…。
『入院した病院にお見舞いに行ったとき、歌を歌ってた…。歌を聴いた時はもう入院していたな。
彩佳と再び連絡を取るようになって、彩佳が、彩佳だけが俺を【冬(ふゆ)】と呼んだ。俺はその呼ぶ声が好きだった。』
私は冬也に言った。
『母の事を【あやか】とフルネームで呼ぶ人は冬也さんだけですよ。』
冬也さんはそれを黙って聞いていた。
本当は母の片想いじゃなかった。
2人は引かれ合っていたんだ。でも、結ばれることは無かったんだ…。
恐らく2人はそれをお互い分かっている。なのに、その事をお互いの胸にしまっていたんだ。
私は堪らず冬也さんに聞いた。
『もし、お互い何の柵も無かったら、冬也さんと母は結ばれていたんでしょうか?』
冬也さんはジッと外を見ていた視線を私に向けて答えた。
『それは分からない。さっきも言ったけれど、どうしよもない事ってあるからね。』
母の言葉が浮かんだ。
《オーロラの様な恋》
母はそれでも、幸せだと言っていた。
冬也さんが幸せならそれで私も嬉しいと…。
恐らく冬也さんも同じ気持ちなんだと思った。
口に出してしまったら壊れるかもしれない消えてしまうかもしれないオーロラの様な恋。
消えて欲しくないから、お互いの気持ちを知ってても、それには決して触れなかった2人…。
私は冬也さんに聞いた。
『冬也さん。今しあわせですか?』
冬也さんはニコリと笑って言った。
『彩佳の事を除けば幸せだよ。』
『そうですか。』
私はそう答えると、冬也さん宛の手紙を取り出し冬也さんの前に置いた。
『母から貴方への手紙です。』
私はそう言うと立ち上がり軽く会釈をして『今日は有り難う御座いました。』と言ってその場を去った。