拝啓
『あの子は難しい子供だった…。
赤ん坊の頃から癇の虫が凄くてね。

私はあの子が何を考え、どう扱って良いのか分からなかった。

年頃になると家に寄り付かなくなってね。
外で何をしていたのか全く分からなくて、
とうとう大きな事故を起こして病院に搬送されたけど、決して家の電話番号を言わなかった。あの子の友達と名乗る女の子から電話で事故を聞いて病院に駆け付けたわ。


ベッドに寝ていたあの子は顔半分に大きなアザで真っ黒に腫れて、全身包帯を巻かれた姿で警察官に囲まれていたわ。


女の子なのに…。』


そう言うと窓の外に顔を向けた。
パジャマ姿の女の子が芝生に座って笑っていた。
それを見ていた祖母が小さく呟いた。

『私はあの子の笑顔を知らないのよ。
見るのは、何時も何かに苛ついて、私を睨み付ける目。

私はあの子に言ったことがあるのよ。
あんたは人殺しの目だって。

そしたら、あの子はそうかもね。って答えたわ。』


私の知らない母の顔だ。
母は確かに怒ると恐い。私には反抗期が無かった。反抗期を母によって捩じ伏せられた位恐かった。
でも、笑顔が多かった。


本当に愉快そうに笑っていた。


手紙の人の話をするときは
とても、とても、愛しそうに優しい笑みを浮かべていた。
その母が、そんな時期があったなんて、話には聞いていた。
母には沢山の縫った傷跡があり、幼い頃母に傷の事を聞いた事があったから…。


でも、自分が死にそうなときにさえ家の電話番号を言わなかった母。
警察官にベッドの回りを囲まれていた母。


祖母は私の顔を見つめて言った。
『でもね、あの子は本当はとても神経の細い子だった…。何時も何かに傷ついて…。泣いていたと思う。
それを私は気付かないふりをしてしまった…。
だからかもしれない。あの子が私には本当の自分を私には見せなくなったのは。』


私は母の左手の甲の火傷の痕を母に聞いた事がある。
母は淋しそうに口の端をニコリと笑みを浮かべて答えてはくれなかった。
後で叔母、つまり母の妹の早恵さんから聞いた話だと、祖母が母につけた火傷だと知った。
その傷で母は後に【根性焼き】と間違えられ、中学校の時に先生に目の敵にされ体罰を受けたらしい。
それでも母は言い訳しなかった。



祖母は一言だけ言って後は口を開かなかった。


私は病室を出て、自宅に帰る間祖母の最後の一言を繰り返していた。



『あの子は生きることが、とても不器用な哀れな子だった…。』






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