【流れ修正しつつ更新】流れる華は雪のごとく
「はい、ここ。俺の部屋はさっき言ったけど隣だから、何でも言ってね」
「は…うん」
広々とした部屋だ。
露李はぐるりと室内を見渡し、ホッと息をついた。
冬の青白い、優しい光が差し込んでいてどこか安心する。
「縁側に繋がってるから好きなときに見なよ。有明様が術かけてるからこの部屋の中は暖かいけど、縁側は寒いから気をつけるように」
荷物はまた用意するから、と言ってから水無月は真面目な顔で露李を見た。
「さっき後で言うって言ったこと、覚えてる?」
「う、ん」
「じゃあ話すよ。俺たち鬼の家には、最も血の濃い古い血筋がある。秋篠、夏焼、冬高、春月の四つ。そして、俺の名は秋篠 氷紀。露李の本当の名は─夏焼 露李」
ドクン、と心臓が大きく鳴った。
「私は…神影じゃ、ない…」
未琴の子ですらない。
「どういう──」
私は一体、何者なの。
頭の中で何かがぐるぐると渦巻いているようだった。
神影 露李として生きてきた。
存在を疎まれながらも、これまで。
次に風花姫になり、そして『花姫』と呼ばれ。
望まれたものが多すぎた。
自分は花姫にはなれない。
封印を施すこともできない。
「露李の本家は、露李が小さい頃に消滅した。俺の一族の頭領もだ。─何があったのかは分からないけど。だから神影に育てられた」
「じゃっ、じゃあ何で本家筋だからと私は邪魔物扱いを…!」
そんなの、と水無月が自嘲するような笑みを浮かべた。
「記憶操作されたに決まってるでしょ」
頭をハンマーで殴られたみたいに、痛い。
「花霞は風花姫の血を、魂を求めているから…だから私は…!」
「花霞にとって必要なのは神影なのか、それは分からないそうだ」
返す言葉も無かった。
「泣かないで、露李」
「…っ泣いてません」
泣けるはずないじゃないか。
水無月の方がよほど、辛そうな顔をしているのだから。
「露李が雹雷鬼を出した後かな。俺は神影に捕まった」
「捕まった、って」
答えを聞きたくて、でも聞きたくなくて、声が震えた。
矛盾した気持ちに戸惑う。
「まんまの意味だよ。露李と同じ銀の髪に金の瞳を晒してしまった。だから、蔵に閉じ込められた」
「蔵…」
露李の目が恐怖に見開かれた。
鎖の音。血の臭い。
だらだらと手首から流れる温かい液体。
首にはめられた無機質な冷たい輪。
ただただ闇だけの空間。
忘れようとしても思い出す。
「何度も力を放って逃げようとしたよ。でも、使い方も分からない子供の力じゃババアと神影総動員してかけた術には勝てなかった。─そこを、有明様が助けて下さったんだ」
「有明様が…」
「助け方は無茶ぶり過ぎたけど。力を弱めておくから、その後は自分で脱け出せってさ。自分でやらなきゃ意味が無いって」
お陰で瀕死、と笑う。
しかし露李には笑い事ではない。
「ババアに殺されかけたよー」
だから“生きていたのですね”だったのか。
「俺があんなババアに名前呼ばれて殺されかけたとか、未だに虫酸が走るよ」
どうしてそんな酷いことができたんだろう。
神影は神聖な神の血じゃなかったのか。
いつから狂ってしまったのか。
「あの日から俺は“氷紀”じゃなくなった。水無月として有明様のお傍にいるのが今の俺だ」
水無月の有明に対する思いが伝わってくるようだ。
「未琴様は…」
「ババアは俺が始末したよ。…恨む?」
そう問われてしばらく考えた後、小さく首を横に振った。
「優しいね、露李は」
水無月が露李をまた撫でようとすると、声が聞こえた。
「露李様、水無月様」
「ん?」
水無月が応えると、音も立てずに襖が開いた。