【超短編 15】門倉先生の雑談
 門倉先生が何を話したいのか、生徒たちはまだ何もつかめていなかった。
「私はいつもそこで洗濯機を回している最中、ベンチに座って本を読んでいます。タバコを三本くらい吸い終わる頃に洗濯が終わって次に乾燥機に放り込むわけです。乾燥はそんなに時間がかかりませんから、本を閉じて考え事をしたりぼんやりと乾燥機の中を眺めたりして時間をつぶすのでが、その時にですね、そういえばここのトイレを一度も使ったことがなかったな、と思ったんです。多分私がコインランドリーに行く前は大体用を済ましてから家を出るせいなんでしょうけど、その、何ていうんですか。あるのにまったく使わないというのは勿体無いような気もしたんですね」
 やっと冗談めいたことを聞けて安心したのか、生徒の顔がほころび、何人かが声に出して笑った。
「そこで私は全く便意なんてなかったのですが、トイレに入ってみようと思ったんです。扉を開けると和式のトイレでしたが、きれいに掃除されていて、嫌な匂いもしませんでした。とりあえずというのも変ですけど、私は無理やり小便をしてから出ると、ちょうど乾燥が終わっていたので持ってきたカゴに服を簡単に畳みながら入れていったんです。そうしたらですね、見たこともないネクタイが入っていたんですよ。乾燥機に洗濯物を入れる前にちゃんと中に何も入っていないのを確認しましたし、私がトイレに入っている数十秒の間に誰かが入ってきてネクタイを投げ入れたとは考えられませんし、不思議でしょう?」
 そこまで話を終えると門倉先生は何事もなかったかのようにチョークを持ち、黒板に向かって続きを書き始めた。
 生徒たちは確かに不思議な話だと思ったが、先生が急にそんな話をし始めたほうが不思議でしかたなかった。
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