あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。[2]
 

 青々とした木々が茂る豊かな自然。

 青いキャンパスに、その存在感を誇張するように白の綿雲が中央を陣取っている。


 一人の少女が、一匹の兎を追いかけていた。

 追う少女は榛色の長い髪が特徴的な10代半ば、追われる兎は柔らかな象牙色の毛並みを持っており、大地を駆け回るたびにその綿毛を揺らす。

 少女は懸命にその綿毛を追いかけるけれど、兔の動きは素速く規則性がないため一向に二つの影の距離は縮まらない。

 ついには痺れを切らしたのか、諦めてしまったのか、少女は歩みを止めた。

 項垂れるようにして俯いたかと思うと、小さく呟く。


「待たないなら……」


 手を緩慢な動きで前へと翳し、手のひらを開く。

 途端、辺りに鮮やかな躑躅色の光が溢れ、幾つもの文字が羅列した円形の陣が展開した。

 ──魔法陣だ。


「捕まえてやる!」


 叫びとともに少女の手の中の魔法陣が一際強い光を放ったかと思うと、そこから爆風が生み出され、吹き荒れた。

 少女の思惑に気づいた兎はそれを回避しようとしたものの、すでに遅く。

 身体の軽い兎は、呆気なく空へと舞い上がる。

 その様子を見ていた少女は満足げな笑みを浮かべ、手を動かして風を操ると、そのまま腕を横へと広げた。

 すると徐々に風は止んで行き、兎はすっぽりと少女の腕の中に収まった。


「捕まえた!勝てたと思って油断したでしょ」


 大人しく仰向けで抱かれる兎のおでこをコツンとこつくと、兎は何か言いたげな表情で、己をこついた者を見やった。


「私が捕まえるのが上手いからって、睨まないでよ。でもこれで私の1957勝562敗ね」


得意げな表情の少女に兎もその顔を緩め(たように見える)二人はそれは幸せそうに笑った。

それは平和な日常の場面。

見ている者の心が和む、優しい光景。

その時、その場に不自然で異様な高い金属音の様なものが鳴り響く。

不快な音のはずなのに、少女には聞こえていない様で変わらずふわふわな兎の毛並みを撫でている。

変わったのは、兎の方だった。


〈──……〉


「え?」


二人は主と使い魔という関係。

本来なら聞こえるはずのない心の声が、互いに理解することができる。

使い魔──兎が呟いた言葉を聞き取れず、主である少女は首を傾げた。


「どうしたの?」

〈──〉


返事がないことを不思議に思った少女は兎の身体を顔の前まで持ち上げて兎の顔を覗き込む。

使い魔の証であるはずの金の瞳は……黒くなり、ぶるぶると震えて光と焦点を失っていた。


「っきゃ!」


弾かれた様に兎が少女の腕から飛び降りる。
その反動で少女はよろめいた。


「ねえ、どうしたの?」


 兎は答えない。

 ただ、


〈────〉


 何か、理解のできない言葉だけを繰り返す。

 戸惑う少女とは裏腹に兎は機械仕掛けの人形のように不可解な動きで駆け出した。

 兎が向かう先に突如魔法陣が展開される。

 そのまま兎は魔法陣に飛びこんだ。

 兎の姿は忽然と消える。

 魔法陣も兎の姿と共に掻き消えた。


「っ……!」


 少女の顔から表情が抜け落ちる。


「いやぁあああっ!!!」


 劈くような悲鳴が、森中にこだました。


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