緑の指を持つ君と
大学の敷地内に農学部用の用水が引かれている。汲み上げた水を流しているため、土壌にろ過された綺麗な水が流されていて、農薬に汚染されていない。
このまま蛍を解き放っても、問題なく子孫を残せる可能性が高い。
ちゃぷちゃぷと流れの中にビールや焼酎とともに、きゅうりやトマトが冷されている。農学部や他の学部の名前が書かれたそれは、天然の冷蔵庫だ。
用水路から少し離れたしげみの中に、繁殖用の小屋はあった。
網を張られたそれは、鳥小屋のようで暗闇に寂しげに佇んでいた。
蛍が留まるための植物を用意しなくてはいけない。間に合わせに薮から切ってきた草を倒れないように固定しようとしたら、小屋の中に缶がありそこに挿した。
「ほら。出るといいよ」
蓋を開けたケースから、瞬くような明かりが飛び立つ。
蛍は雄も雌も発光器官を持つ。お互いに光り合い、呼びあうかのように、つがいになる。
『声もせで 思いもゆる蛍こそ 鳴く虫よりも哀れなりけり』
教授は何か感じていたんだろうか。顔に出すことはなくても僕の心に人が住んでいることを。
告白したこともある。されたことなら何倍も。付き合っている女性がいなかったら、その告白を受けて付き合うこともあった。
ただ長く続くことはなかった。
隠している訳ではない、専攻について問い詰められたり、研究についてあからさまな嫌悪で返されるたび、どこか感情が擦り減っていった。
そんなこと、始めからわかっていたんじゃないの?
わかっていないのに俺と付き合うつもりだったの?
自分を理解してもらえないことは関係を歪め、お互いの距離を置くことになり自然に離れていく。
「俺にどうしろって言うんだか」
どちらかが無理したら、その関係を維持するのは難しい。
もしこの気持ちのまま彼女に告白したなら、どうなるだろう。ぼんやり蛍を眺めるとほんの僅かな恋の季節のために炎を燃やしていた。