緑の指を持つ君と

繁殖用の蛍を取り置いて、あとは放流することにした。


最後に自由に飛ぶ蛍が見たかったからだ。短い一生のほんの僅かな恋の時間を、狭い籠に閉じ込めて終わらせるのは忍びない。


すいっと光りながら蛍が飛ぶ。淡淡とした小さな光は、ぽつりぽつりでしかなく、寂しさを掻き立てる。

片膝を立てて腰を下ろして、蛍を仰ぎ見る。



隠している臆病な気持ちを教授に看破されて、苦笑いしか浮かばない。


知ることも触れることも、人目を避けるようになっていた。それでも一生のこととして生物を選択したのだ。

覚悟が足りないと言われても仕方ない。



放心してぼうっとしていたら、生き物の気配を感じた。慎重に歩く軽い足音はタヌキだろうか。人なつっこいようで懐かないタヌキの丸い顔が見たくなった。

下草を掻き分けると、薄闇にほっそりとした華奢な姿があった。

どきんと心臓が大きく跳ねる。声をかけるより先に悲鳴があがる。


「きゃああぁ」

振り向いた顔は、見間違いではなくいつも探している彼女だった。

「高瀬さんか…驚いた」

どうしてこんな所に一人でいるのか、そのほうが気になったけれど用水路に用があったのだろう。
心配の言葉を口にしたなら、彼女の気に障るのではないかと口をつぐんだ。


「ご…ごめんなさい。野犬かなにかだと思って」

怖いなら一人で来てはいけませんよ。胸のなかで言葉をかける。どうも自分の身の安全を軽く考えているようだ。

「野犬というよりタヌキかと思った。いるんですよ、ここ」

胸で握っていた両手の力が抜けていく。緊張がほぐれたようなので、ちょっとしたいたずら心がわいた。


「タヌキは夜行性のうえ、雑食ですから。美人なタヌキですね」
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