緑の指を持つ君と
ちらちらと光が瞬く。淡く光る蛍は熱のない明かりをともす。
もし
自分が蛍なら、彼女の気を引きたくて飛びまわり、ちかちかとせわしなく光るのだろうか。
ふっと息が洩れた。自嘲することで呼吸は楽になる。苦しい胸のつかえが、わずかに緩んで、その隙間から言葉を押し出す。
望むことも、欲することも一人では叶わない。
「この川は教授の趣味で、蛍を放流するんです」
「いままで何年も、この学校に在籍していたのに、初耳だわ」
言葉を口にしたら、反応してくれるのは、当たり前のようだけれど、特別だと思えるのは彼女だから。
「昨日、放流しました。今年見るのは、あなたが最初です」
「私、蛍は初めて。凄いほんとに光るのね。もっと大きいと思ってた」
些細な出来事でもいい。会話を繋げていくことが、胸にあたたかなものを広げていく。もっと彼女の声を聞きたくて、彼女の反応を知りたくて、唇から言葉を紡ぐ。
「見てください、これは平家ホタルですけど、一般的なホタルは源氏ホタルを指すんです」
「何が違うんですか」
「名前。平家ホタルのほうが、源氏ホタルより一回り小さいですね。源氏ホタルはカワニナしか食べないから、タニシも食べる平家ホタルのほうが飼育しやすい」
「カワニナって何ですか」
「カワニナもタニシも巻貝の一種で、昔はたんぼにいたそうです。農薬を使うようになってからタニシもホタルもいなくなったそうです」
蛍の光を目で追って考えこむ彼女を見て、我にかえる。会話が繋がることを喜んでいたのは、自分だけではないかという、あせりが胸を焦がす。彼女からしたら、会話を続けることは社交辞令なのかもしれないのだから。
暗闇で会った不審人物でも、会話を続ける間は何もおきないと信用されているのかもしれないから。
会話が途切れて闇に包まれても、信用してもらえるほど彼女が自分を知っているとは思えない。
「ごめん……こんな話はつまらないですね」
つい期待してしまいそうになる。彼女は特別ではないのかと。一方的に虫の話なんかして怪しいうえに危ないヤツだと思われるのがオチだ。
「そんなことないですよ」
返ってきた言葉には社交辞令ではない、あたたかみがあった。
もっと声が聞きたい。欲望が胸に広がって根を張り巡らせていく。
「瀬波さんの育ててきたホタルですもの。もっと知りたいです」
一度に与えられた情報から考えを整理していたのか、頭をひとつ振ってこちらを見た。
彼女は『つらまない虫の話』を聞いていたんじゃない。自然につくられた笑顔を見てそう気づく。
決して一方通行の会話ではなく、彼女も興味があったんだ。
「みんな光ってますね。雌はどこかに隠れているんですか」
「ホタルはね、雌雄両方が光るんです。雌は葉にとまって雄を呼びます。雄は光りながら飛んで雌を探すんです」
蛍の光の帯を追ってなぞると、彼女の視線も軌跡を追った。
「雌雄の違いは、腹部の発光器の違いで見分けることができます。雌は一節、雄は二節発光器があるんです」
「それで、オスメスを見分けてここに入れたんですか」
「そうですね。点滅の仕方も違いますけれど。蝉もそうだけど、ホタルも成虫になったら短い間しか生きられないんです」
「恋するために光るんですね」
「相手を探して光るんです」