緑の指を持つ君と
「高瀬さんね…支柱立ててくれましたよね」
「あ、風船かずら。あれ瀬波さんのですか」
学部棟の入り口の、雨ざらしになっていた鉢に種をまいたのは、ただの気まぐれでしかなかった。
貰ったから、なんとなく。
鉢から芽を出したことに、気づかない人のほうが、気づく人よりも多かった。
ひっそりと息づていた命に気づいてくれた人。
「あなたのことが、気になっていました」
さあっと背後から風が吹いてくる。緑をたっぷり含んだ風は彼女の正面から髪をすいて、服の裾を揺らした。
風に背中を押されて、思いを口にする。
「俺と付き合ってくれませんか」
鉢に種をまいた日から、見えない所で育っていた物。それは彼女から水を与えられて、根を伸ばし葉を広げた。
彼女の緑の指は、植物が真っすぐに伸びるように、支えてくれた。気づかぬうちに、自分も同じように彼女に支えられていた。
ただ、居るだけで
彼女を見て
声を聞けるだけでいいと思っていた
でも、それだけで満足できなくなったら…
彼女がここに来なければ…関わりある場所が少なければ、この気持ちにさえ蓋をして開けることもなかった。
いつの間か彼女に触れたいという欲望が根をはり、芽吹いていた。
「私でいいの」
「あなたが いいんです」
手を伸ばして、頬に触れた。やわらかな頬をなでて、親指が唇をなぞる。
やっと触れることができた。
「そんなに見つめられると、キスできません」
「え…そうだったの」
彼女をもっと近くに感じたくて抱き寄せた。腕に収まる華奢な体は、確かにここにあって温かな熱を持っていた。
髪が頬をくすぐる。顔を包むように仰向けてキスを落とす。
彼女の唇を確かめながら、キスを繰り返すうちに吐息すら欲しいと思う自分がいた。漏れる声が艶を帯びて耳に届く。
もっともっと欲しいという気持ちと、叶えられた嬉しさにキスが深くなる。
だから苦しそうに身をよじる彼女に気づくまで、唇を味わっていた。
「…嬉しい」
あなたの指が触れたものは、緑が芽吹き花を咲かせるのでしょう。
緑の指を持った人間は、街じゅうに花を咲かせる。
いがみ合っていた国の大砲に緑の指が触れたら、打ち出される大砲さえも花をつける。
それは平和の贈り物になっていく。
「あなたが好きです」
彼女に触れている体から、喜びが溢れてくる。芽吹いた小さな希望は、花を咲かせる。
腕の中で花のように笑う大切な人がいる。その笑みを崩してしまわないように、僕の腕がある。
小さな かけがえのない花を守れるように。
隠しても消すことができないなら、すべてさらけ出せるだけの勇気を持ちたい。
彼女が僕を強くしてくれる。いつも いつだって。