緑の指を持つ君と
雨の日
「雨が降っていますね」
玄関で空を見上げる瀬波さんの横顔に視線が向くと、動くことができなくて固まってしまう。
さらりとした髪や、すっと伸びた高い鼻、上向いた顎から続く喉、膨らんで存在を主張する喉仏。
一瞬ですべて見てとれるのに、いつもいつも見つめてしまう。
何度見ても見飽きることがないし、見とれてしまう。これが惚れた弱みだろう。
こちらを向いてにこりと笑顔をつくるので、わたしも笑いかえす。
「今年は雨が多いですね」
「雨ばかりでも、雨の日の楽しみもあります」
傘を開こうとするわたしの手を押し留めて、瀬波さんが首を振った。
「一緒に入っていきませんか」
持ち上げた手には、たっぷりとした布地を巻かれた傘がある。
「二人入っても大丈夫なくらいの余裕がありますよ」
言いながら傘を開いて見せると、確かに普通の傘より大分大きい。
瀬波さんを見ると、照れているようで、それでいて期待しているように目が輝いていた。
「じゃあお邪魔しますね」
「どうぞ」
嬉しそうに目尻や唇をほころばせる瀬波さんに一歩近づくと、瀬波さんの香りが強くなる。雨の匂いよりも、近くに優しい香りがする。
この距離は、いつもよりずっと近くて心臓が跳ね上がる。急に恥ずかしくてたまらなくなり、足元を見てしまう。
誘われたからと、こんなに簡単に傘に入ることははしたない事かもしれない。顔まで熱が上ってきて、熱くなる。
歩きだそうとした瀬波さんの足がとまり、肩に手をかけてさらに体を寄せられる。
はっとして顔を上げると、楽しそうに目を細めた瀬波さんが、唇を綺麗な三日月にして笑っていた。
「もっと寄らないと濡れてしまいますよ」
「……傘、大きいのに」
ふうっと耳の上で笑いが漏らされる。
「それは、あなたを側に置いておくための、ほんの僅かな理由でしかありません」
言葉が耳にかかって、くすぐったい。両手の塞がった瀬波さんは、顔を寄せて髪にキスを落とす。
「雨なら雨であるように、側にいるだけです」
大切にされていることが、恥ずかしいという気持ちを上回る。居心地の悪い恥ずかしさを、好きだという気持ちが埋めていく。
「ずっと側にいてくださいね」