緑の指を持つ君と
まわりはすっかり闇のなかで、背の高い瀬波さんと、わたしとホタルしかいない。
放流したという川をみれば、ちかちかとホタルが瞬き出していた。
「綺麗ですね」
「そうだね」
なんだか、またぎこちなくなってしまう。
こんな暗い場所に二人きりでいるなんて、なんだか危ないんじゃないか、とか。
でも瀬波さんはそんな人じゃないよね、とか。
瀬波さんはどんな人が好きなんだろう。
きゅっと胸が苦しくなる。
「高瀬さんね…支柱立ててくれたよね」
「あ、風船かずら。あれ瀬波さんのですか」
学部棟の入り口に、風船かずらがあって、好きな花だったから支柱を立てたり水やりもしていた。
「あなたのこと、気になってた」
ドキドキと胸が痛くて、なんだか呼吸まで上手くできない。
「俺と付き合ってくれませんか」
瀬波さんが、まっすぐ私を見てる。見つめられるだけで、こんなに苦しくなるのは瀬波さんだけ。
「ホタルは一週間しか生きられない。だけど人間だって、いつ何があるか分からないよね。地震があって、つくづくそう思ったよ。好きな子はきちんと捕まえておかなくちゃね」
「私でいいの」
「あなたが いいんです」
瀬波さんの手の平が、頬に触れた。頬をなでて、親指が唇をなぞる。
「そんなに見つめられると、キスできないんだけど」
「え…そうだったの」
胸も呼吸も苦しいのに、幸せでめまいがしそうだった。
目を閉じると、ふわっと瀬波さんに包まれた。
やわらかくて、あたたかな唇が触れる。唇を吸う音がちゅっちゅっと聞こえて、初めてキスしてるんだと思った。
瀬波さんに抱きしめられて、こわくて幸せで白衣にしがみついた。
息ができなくて、苦しい。身じろぎすると、気がついたのか瀬波さんが唇を離してくれた。
「すっげえ嬉しい」
そう言って、ぎゅっ抱きしめられた。瀬波さんの胸に顔をうずめて、私も幸せだった。
「教授が言ってた。ホタルが縁を取り持ってくれるって本当だった。
ホタルの世話をしたら、彼女が出来るってジンクスがあったんだ。でもそんなの嘘っぽいよね。教授の作り話だと思ってた
だから高瀬さんとここで会ったから、きちんと言わなくちゃって思ったんだ」
腕のなかの私を見つめる目が優しい。照れながら、頷いた。
「俺もホタルみたいに恋するために脱皮しないと」
脱皮というセリフに白衣を脱いだ瀬波さんが浮かんだ。
これからは、白衣じゃない瀬波さんにも会える。
季節を追って、思い出を重ねていけるように。