緑の指を持つ君と
てんとう虫
私は怒っていた。
夏からお付き合いしている、瀬波さんのあんまりにあんまりな仕打ちに、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして私と約束していたのに、その約束を破って他の人と出かけたりするんだろう。
ぷりぷり怒りながらも、約束が反古になってしまった私には予定がなくなってしまった。行ってみようね、と言っていたレストランに一人で行く気にはならないからだ。
そこで、私は瀬波さんの研究室に行ってみようという気になった。
今まで頼んでも、絶対に入れてくれなかった。理由は、散らかっているからという事らしい。
瀬波さんの公の姿とも言える研究室。研究室の鍵だって下駄箱に置いてあることをちゃんと知ってる。
好奇心半分、いたずらな気持ち半分といったところ。なんなら密室であるはずの研究室に、いたずらを仕掛けてもいい。
明日、研究室に来た瀬波さんのマグカップから、コーヒー豆が溢れているとか、デスクの上が片付いていて、必要書類を探すのに手間取るとか。
慌てふためく瀬波さんを考えていたら、ちょっとだけすっきりした。
研究室という秘密の部屋。そこには、私の知らない瀬波さんの姿があるはずだった。
下駄箱から隠したなんて言えないくらい堂々とある小さな鍵を探し出して、研究室のドアを開ける。
そこには人の気配がないのに、どこかに瀬波さんの痕跡を探してしまう。
きょろきょろしなくても、壁際に付けられた金具に、瀬波さんの白衣がかかっていた。
その壁際の席が瀬波さんの机だと見当をつけてそばに行くと、私のプレゼントしたペンスタンドが置いてあった。
瀬波さんのいつも目につく所に置いて欲しくて、眼鏡のフレームと同じメタルのペンスタンドを買いに行ったのだ。
透明な物差しと、やっぱりメタリックな鋏、ボールペンなどがちんまりと収まっていた。
意外にも机の上はきちんと整理されていて、散らかっていると決めつけていたことが誤りだと分かった。本当は瀬波さんは、細やかな気遣いの出来る人だって知っているのに…
今日の約束だって、私の約束が先だったけれど、自分の先生の講演のために関西の大学から来た友達から連絡がきて会うことになったのだった。
私だって我が儘だって分かっているもの。
レストランは予約していた訳ではないし、一年で何度会えるかも分からない友達を取るのも仕方ない。
ファイル分けされた背表紙に真面目な性格が滲み出ているようだった。