緑の指を持つ君と
瀬波さんに抱きしめられると、私の頭はちょうど胸の位置になる。そこから伝わる鼓動がとても早い。
白衣よりも強く香る芳香にくらくらしそうだった。
抱きしめられたのも、お付き合いの言葉を聞いて以来なので、慣れない私は自分の腕をどうしようか思いあぐねていた。胸に縋り付く?それとも思いきって…せっ背中に腕をまわしてみちゃう?
もじもじと動く私にはかまわず瀬波さんの手は髪をすいている。それでいて、もう片方の腕はがっしりと腰に回されていた。
「てんとう虫を知っていますか」
「はっはいい」
あからさまに声が裏返る。どうしようかと途中で止まった腕が不自然すぎる。
「緊張しなくていいです」
笑った息が髪にかかる。
「てんとう虫は越冬するんです。大概は木の幹の隙間や温かな場所に寄り集まって春を待つんです」
「卵で越冬する訳ではないのですね」
「カマキリなんかはそう。蝶はいろいろ。アゲハチョウは蛹だしね。だから初めて見つけた時はびっくりした。身を寄せあって家族みたいですよ。あんな小さな虫でも仲間がいて、みんなで集まって冬を越すんですよ」
目を閉じなくても、小さな瀬波さんが見つけた てんとう虫が見えるようだった。
「小さな虫の集まりが、気持ち悪いと嫌う人がいるのもわかります。でも僕は嫌いにならなかった。けなげで可愛らしいと思えたんです」
頭を寄せ合う、真っ赤な てんとう虫をきらきらした目で見つめる瀬波さんの姿は、きっと可愛いい。
ほっと息をついたら、瀬波さんの香りを吸い込んで安心する。
「今度見つけたら、私にも見せてくださいね」
「ええ。一緒に見ましょう」
頷いた瀬波さんの唇が髪に触れた。それは温かくて、幸せな感触だった。
「ところでなんで白衣を着たんですか」
「それは…瀬波さんがそばに居てくれないから…」
あなたをそばに感じていたくてとは言えない…
「それは誘っているんですか?」
瀬波さんの舌が耳をなぞる。
「そうじゃ…ありません」
甘噛みしながら、艶のある声を耳に流し込まれる。
なんでこんな声が出るの?声を聞くだけで体中がとろけてしまいそう。
「じゃあ教えておきます。好きな人が自分を待ち詫びて寂しい思いをしているなら、僕は満たしてあげたいと思います」
首を捻って見上げると、強い光があった。どきりと胸がなる。近くから見つめられすぎて恥ずかしい。崩れたお化粧も直していないのに。
またすぐに俯いた私に、瀬波さんはキスを落としていく。おでこや眉、鼻、頬、唇。瀬波さんの気持ちを知ってからするキスは、軽く触れるだけでなく、感情がこもっていた。
ひとつひとつ確かめるようなキス。だんだんと熱をもった唇と舌が冒険を始めると、情熱的に舌が絡められてくる。やっとの思いで息をつくと、洩れる声は自分のものではないかのように、色気をまとっている。
首筋にかじりつくようにキスした瀬波さんは、くくっと笑った。
瀬波さんのペースに振り回されていた私も、息がつけて少し余裕ができた。
「知っていますか?てんとう虫は肉食なんですよ。アブラムシを捕食します」
「それは瀬波さんと、一緒です。見かけに似合わず肉食な所が」
言ってから、私は肉なのかアブラムシなのか分からなくなった。
「どちらにしろ美味しくいただくことに変わりはありません」
笑った瀬波さんは優しくて、くらくらするほど色気があった。
きっと
春になったら、寄り添って冬を越した てんとう虫も太陽に向かって羽を広げるだろう。
瀬波さんの心にいた てんとう虫も、冬を越して太陽へと飛んでいくはず。
心の重荷をなくしたら、きっと高く高く飛べるはずたから。