シャッターの向こう側。
「……っホントに絞める人がいますか!」

 宇津木さんはボンヤリと掴んだ服を眺め、微かに苦笑した。

「……座ってろよ」

「何か飲まなくていいですか?」

「ああ。いらない」

 服から手を離してくれたので、ゆっくりと直しながら隣に座る。


「…………」

 風が吹いて来て気持ちいいな。

 暑い夏も大好きだけど、秋も嫌いじゃない。

 特に、残暑を残す秋とも言い切れないこの季節。

 気温は高くってベタベタになりがちだけど、風は涼しいくらいで。

 今は夜で見えないけど、緑はやけに青々しく、空は逆に高く薄くなっていく。


 ビルの谷間に見える、ここから見上げた空は薄曇り。

 地上の光を反射して、全体的に紫かがった灰色に見えた。


「月でも出てればいい絵になりそうだな」

 ポツリと宇津木さんが呟くので、首を傾げながら目を細める。

「ビルの谷間に満月なら、最高ですね」

「あのビルにかかっても、様になるんじゃないか?」

「うーん。それならクッキリ寒い空の方がいいですね~」

「冬の月もいいな」


 何故か出てもいない月の話で議論する。

 かな~り不思議。


「それで、ピヨ」

「はい?」

 足を組み、ついでに腕も組んでいる宇津木さんを見る。


「お前は何に悩んでるんだ?」


 はぁ!?


「と……突然ですね」

「そうでもない」

 いや、かなり突然だけど。

「お前は気分で何か歌うから」

「え……」

「一年以上隣の席に居れば、それくらいは解る」

「……そ、そうですか?」

 まぁ、気分によっちゃ鼻歌くらいは出るかも知れない。

「出張に行く日はド○ドナだったし、植物園で写真を撮っている時は何故かメ○カの兄弟だった」

 何故、私はメダカの○弟なんて歌ったんだろう……


 あまり覚えていないけど。


「あの短歌。気になってな」

 頷かれて、視線を泳がせた。
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