シャッターの向こう側。
 有野さんは黙って私を見て、肩を竦めると笑った。

「……宇津木が言うはずないね。忘れて。余計な事を言うなって怒られるから」

「……あ、はい」

 写真を返して貰って、それをファイルに戻す。

「じゃ。また今度ね」

 有野さんはそう言って、横の棚から青いファイルを取り出して軽く手を振った。

 小さな音がしてドアが閉まる。


「…………」


 なんか……


 困った。

 そんな事を急に言われても……なんか困る。

 そりゃさ、宇津木さんて最近は妙に優しいなぁ……

 とか、思わなかった訳じゃない。

 けど……

 けどね?

 ふっと手元のファイルを眺めてから、ガバッと後ろの方を開く。


 T市の写真。

 遊園地の乗り物たち。

 それが数枚だけ続き、植物園の写真になる。

 〝誰にでも撮れる〟写真とダメだしをくらった写真たち。


「あー……」

 手元にある写真のどこを見ても、宇津木さんの後ろ姿が写ってるんだよね。

 ファイルをめくりながら苦笑。

 確かにこれは使いにくい。


「…………」


 でも、何となく……

 何となくだけど、今野兄が言っていた事が解った気がする。


 解った瞬間、笑うしかなくなった。


 確かに私、宇津木さんを見ている。

 ……見ているだけじゃなくて、期待している。

 宇津木さんが振り返ってくれるのを。

 だって私、宇津木さんが実は恐いだけじゃないのって知ってたもの。

 すぐ叩くし、足は踏むし、首も絞められたりするけどさ。

 宇津木さんがそうする……本当の理由なんて、ほとんど全然解らないけどさ。


 無意識に、宇津木さんを追っているのがハッキリ解る。


「だから……?」

 撮った写真が解らなくなってたのかも……

 だって、優しいなんて気付かなかったもの。

 実は優しくされてるなんて、全く思ってもみなかったもの。

 振り返ってもらうのを期待しているなんて……


 自分ですら気付かなかったもの。
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