シャッターの向こう側。
 宇津木さんは眉をしかめたけど、それに構わず私は遊歩道を外れた。

「ちょ……。おい?」

 柔らかい土の上を歩いて、その青紫の花が群生している間近まで近づく。


「……うん」


 やっぱり綺麗だ。


 〝きれい〟でも、〝キレイ〟でもなくて……綺麗という漢字がよく似合う。


 小さな花だけど……


 見た目は可憐とも言える、小さな小さな花だけど。

 ま、詳しい話はともかく綺麗!

 ここでセンチメンタルな乙女になっても仕方がないしね!


 綺麗なものを綺麗と感じる事。

 それを冷静に眺める事が出来るように。

 ……出来上がりの絵をイメージする。


 イメージしてから、シャッターを切った。


「うしっ!」

 顔を上げて振り返ると、呆れ果てた宇津木さんが見えた。


 ……何か言いたそうだ。


「何も聞きませんよ」

「……いや。何か言う気すらない」

 道に戻る私に、宇津木さんはポツリと呟いた。

 ……いつもどこか引っ掛かる人だな。

 横目で眺めながら、前を歩かれるのも癪なので、さっさと歩き始める。

 それにしても好きに撮るって言うのは楽しい。

 なんて言うか……開放感?


 いつもアレを撮れ、これは撮らなきゃ駄目だ、終いにはアングルまでたまに口を出される。

 まぁ、企業イメージだなんだと、広告はどこかしら規制もあるし、相手の意向もあるから、さじ加減が難しいけど……


 やっぱり、好きに撮るっていい!


 楽しんで始めたからには、思いきり楽しまなきゃっ。

 そりゃ、やりたい放題するのは社会人としてはアレだけど。

 嫌な事も、苦しい事も、壁にぶちあたる時だってない訳じゃない。


 ……でも、私は何かしら挑戦していきたいな。


 差し当たって……


「ピヨピヨ。ちょこまか動くな」


 襟首を捕まえられて、宇津木さんを睨み上げる。

 ……ひよっこ、ひよこときて、ピヨピヨってなんだ、ピヨピヨって!

「宇津木さん、私はピヨピヨでも猫でもないですから」

「人間かどうかも怪しい」

「そりゃどういう意味ですか」

「……カメラを覗きこんだまま、そぞろ歩きしてる人間なんて、普通はいない」

「…………」

 それは確かに気持ち悪い。

 ふと気がつくと、いつの間にか涼しい風が首もとを吹き過ぎた。

「あれ……」
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