シャッターの向こう側。
 残念だ。

 残念な事に、私じゃこうは行かないね。

 トトトンのトの時点で、指をさっくりやってしまいそう。

 だいたい、何で玉葱刻むのに、そんなに高速で動かなきゃならないのさ。

 トントンでいいじゃないか。

 トントンで。

 そういえば、専学時代に付き合った男は小言が凄かった。

 葱を切るときは包丁を引け、だの。

 卵の茹で上がりは15分だ、だの。

 目玉焼きを焼くときには、少し水を入れてから蓋をしろ、だの。

 大根は米の磨ぎ汁で下茹でしろ、だの。


「お前は小姑か……」

「は?」

 気がつけば包丁の音が止まっていて、

「もう一度言ってみろ」

「…………」


 え……


 えへ☆


 宇津木さんの目が不機嫌そうにスッと細められ、それから偉そうに腕を組む。


「お前。今、何を考えていた」

「え。いやぁ……」

 さすがに昔の彼氏の話をするのはね?

「今の、俺じゃないだろ」

 ……なんで解るんだ。

「ん~……何でしょうね?」

 すっとぼけてみたら、

 片手でスプーンを投げ付けられた。


 それでも出来上がった新レシピのスパゲティーは、空々しいくらい何事もなく美味しく頂いて。

 何故かソファーで寝ると言い張る宇津木さんに布団をかけながら、その日は何事もなく朝を迎えた。




「おはようございます」

 パジャマ姿の私に、ちらりと上げられる視線。

 ちょっとだけ目が赤いのは、何度か見たことがある。


「あの……」


 宇津木さんの目の前には二つの山。

 空になった段ボール箱。

 これはもしかして……

「何を徹夜してるんですか」

「気になった」

「何をですか」

「お前の昔の男」

「………っ!?」



 過去を気にしないって言ったのは、どこのどいつだ!!!
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