シャッターの向こう側。
*****







「……だから、仕事だって言っているだろう」

 とてもとても低い低~い声で、受け答えしてる宇津木さん。

 ……ベートーベンの運命が着メロだったから、たぶん相手は冴子さん。


 この兄弟、いつも仲がいいですよね~。


「無理だ。だいたい近くにいない」

 うんうん。

 だって、今は出張中ですからね。

 冴子さんちまでは、車で半日かな。


「いい加減にしろよ?」


 えーと。

 集中しよう。

 溜め息をついてカメラを構えようとしたら、


「ぅぎゅっ」


 と、首が締まって振り返った。


「な……っ」

 言いかけると、宇津木さんは襟から手を離してくれたけど、何故か頭を掴まれる。

 掴まれて、抱き込まれて、それから頭の上に顎を乗せられたまま……


「そうだよ。羨ましいか?」


 何がさ。


「まぁ、旅行と言えば旅行だが、仕事は仕事だ」


 ……どんな会話になってるの。

 なんて話してるの。

 聞きたいのは山々だけれど、宇津木さんは〝いけない〟としか答えていないし、大体は想像つくけれど。


 そして、通話が終わったと同時に振り返って睨んだら……


「……っ!!!」


 顔が近っ!


 で、でも……

「仕事しに来てるんですけど」

「知っている」

「宇津木さんて、仕事中でも平気で会話するんですね」

「じゃないと、1分置きに電話くる」

「…………」

 それはそれで大変だ。

「弟って大変ですね~」

 しみじみ大変だ。

「……そのうち〝イモウト〟も大変になると思うが」

「妹さんいましたか?」


 それはそれは深~い溜め息をつかれる。

「仕事しろ」


 私の台詞だからっ!

 今、仕事中なのに私用の電話受けてたの宇津木さんだし!

 しかも、仕事しようとしたのに止めたの宇津木さんだし!

 てか、手を離してくれてないじゃないか!

 まるでこれじゃ……

 まるで……って言うか?



 まるで、抱きしめられてない?
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