シャッターの向こう側。
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 日本がバブル時代と呼ばれたのは、俺達がほんの子供だった頃。

 ほとんど荒れ地同然の土地が〝新開発〟という大義名分のもとで次々と開発されていき、そして不況の波と共にその土地は忘れ去られていく。

 着工途中で放置されたビルは、ある意味で象徴的だ。

 太陽は沈んでしまったが、その名残の光がビルを薄闇に浮かび上がらせる。

 闇色から濃い藍色、藍色、そしてくすんだ青……

 その藍色と青の間に、そのビルはあった。


「……一番苦手な場所だろうな」

 独り言を呟いて、溜め息を吐く。


 連絡があったのは、昼休みが終わって、資料室で使える写真を探していた時だ。


『あ。宇津木さん?』


 付き合い始めてからしばらく経つ。

 未だに苗字を呼ぶ事に目を細めた。


「何だ」

『宇津木さんて、やっぱり仕事しててもスマホでるよね』

「用がないなら切るぞ」

『あー! そんな冷たい事を言わないでっ! お願いがあるの』

「……お願い?」


 そうは見えないが、まわりに合わせて、実は自分を押し殺してきた女。

 最初の頃は、自己主張が激しくて使い物になりにくく、しばらくすると、使いやすくはなったが面白みのない写真を撮るようになった。


 それでも、頑固さだけは変わらなかった。


 はずなのに、


「お前が、お願い?」

『いけませんか?』


 いけなくはない。

 ただ……少し奇妙な気持ちになるだけだ。


「何だ」

『それが……廃墟を撮って来て欲しいっていわれまして』


 廃墟?


「誰からの依頼だ?」

『有野さんからです。ゲームの宣伝だそうで』

「………ああ」


 思わず目を瞑る。


 そういえば、数日前に有野さんが聞いてきた。


「神崎ちゃんに苦手なモノってある?」


 それに対して、恐いものが苦手だと答えた記憶がある。


 有野さんには、後で文句を言おう。


「それで、急ぎか」

『明後日までだそうで……』

「解った。場所を教えてくれ」


 そして、ここに来たわけだが……
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