シャッターの向こう側。
 人様の私生活なんて……のぞき見する趣味はないけど、聞こえちゃうんだから仕方がない。

 ここで耳を塞いでも、それこそ仕方がないし。

 ここは〝必殺・聞こえないフリ〟だ。


 心頭滅せれば火もまた涼しい……の心境で!


 それにしても、この噴水を建てた人はセンスあるわ~。

 まるで太陽光まで計算に入れて造ったみたいに、さっきからキラキラと、一種のアートみたいになっている。

 頑張って、視線を宇津木さんから外して噴水を凝視してみる。


「だから……仕事なんだ。いつものことだろう」


 うう。


 ……超、気になりますけど。


 仕方がない。

 ちょっと暇つぶしだ。


 仕事用のバックから、黒いフォルムのカメラを取り出す。


 高校を卒業する時、お祖父ちゃんから引き継いだフィルム式の一眼レフ。

 今時プロでもフィルム式なんて使う人少ないし、私自身も仕事ではあまり使うことはない。

 デジカメがほとんどなんだけど……


 つい、持ってきてしまう。


 ファインダーを覗いて光を調節すると、四角い空間だけが私の視界に入る。


 レンズを通した世界、それを〝箱庭〟と称した人がいた。

 確かに外界は遮断され、シャッターが押された時、それは一つの隔離された空間となる。


 その時代を切り取って、それを〝証明〟と呼ぶ人もいた。

 その瞬間を捕らえる、明らかなる証拠……その考え方も解らなくもない。


 私なら……


 それを〝自分〟と言うだろう。


 ……今、私が何を感じて何を思っているのか。

 被写体が人であれば、その人が今、何を感じて何を思っているのか……


 それを捕らえたい……。


 シャッターを押すと、小さな水飛沫があちこちに跳ねる様が見えた気がした。


 そして、その向こう側にあるベンチ。


 そこに座り、鳩に餌をあげている初老の男性が見えた。


 グレイの帽子、ブルーのシャツに深緑のジャケット、それから同系色のパンツ。

 なかなかのお洒落さんだな。

 だいたい、ああいう渋い色は人を選ぶ。


 とても若造じゃ着こなせない。
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