シャッターの向こう側。
「いいのっ!! 構わないで!! あれは人生最大の汚点なのよ!!」

 ……まったく解らない。

 と言うか、人生最大の汚点とまで言われる有野さんて一体……

「そうよ。汚点なのよ汚点。間違いないわ、絶対よ」

 呪文の様に呟き始めた佐和子に、溜め息をつきつつビールを飲む。


 ……こうなったら、もう手が付けられない。


 佐和子は頑固だから自分の考えがまとまるまでは口にしないし、言わないと決めた事は全て解決してからじゃないと言わない。

 だけど、珍しいじゃないか。

 社内では、情報通として有名になりつつある佐和子。

 実は怖がっている人なら、たくさんいたりする。

 冷静沈着、なかなかの美人さん、加えて甘いものに目がなく、何故かそれでも太らない、スレンダーなうらやましい体質……

 それはともかく、そんな佐和子をこういう状態にした人って、私が知るうちでは一人だけ。

 去年、別れた恋人君くらいなもの。

 確か、祐介くんて言ったかな。

 浮気して、二股して、あげく相手を妊娠させて、気がついたら結婚されていたと言う……


 ……考えて見ればヘビィな話だ。


 あんときの佐和子は、まず黙り込んで、お酒を飲みまくって……

 ……怪獣が暴れた様に、店の中で暴れまくって。

 出入り禁止になったあのお店、あそこの焼鳥は美味しかった。


 とにかく。


 事情が解らなければ、言えることは少ない。

「構うなって言うなら構わないけど、言いたかったら言いなよね」

 少なからずちょっとでも口にしたって事は、相談したかったんだろうし。

 こう見えて、実は佐和子は甘えん坊さんだから……

 佐和子は顔をあげると、ちょっとだけ唇を尖らせ、頷いた。

「じゃ、飲みに行きたい」

「……え? 飲み足りないわけ?」

「当たり前よ」


 ……マジですか。





 そんな訳で、私は夜中の2時から、居酒屋を梯子するハメに陥った。




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