くるまのなかで
午後9時半を過ぎた頃。
爪を磨き終え、仕上げにキューティクルオイルとハンドクリームを塗り込んでいると、充電器に繋いでおいた私の携帯が長いテンポで震えはじめた。
奏太からの電話だ。
それがわかった途端、心の奥から湧き出る何かに、全身を包み込まれるような感覚がしはじめる。
「もしもし」
き、緊張する。
力んでいないと、指の先まで震えそう。
『梨乃? 俺だけど』
「うん」
準備万端で待ってるんじゃなかった。
もっとバタバタで余裕がない状態にしておけばよかった。
待ち構えているのって気恥ずかしいし、すごく照れる。
『今向かってる。あと15分くらいで着くよ』
「わかった。どこにいればいい?」
『家にいて。着く頃にまた連絡する』
「うん」
電話を切って、鏡の前で髪をもう一度整え、ほんの少し太股に香水をつける。
デート。
恋愛関係にある男女、あるいは恋愛関係に進みつつある男女が、日時を決めて会うこと。
ねえ、奏太。
私たちも、進みつつあるのかな……?