くるまのなかで
奏太が来たのは、それから約10分後だった。
一度部屋に戻り、泣いて崩れたアイメイクを直した私は、シルビアのエンジン音を聞きつけ外に出る。
アパートの前の空いたスペースに車を停めた奏太が、車を降りた。
姿が見えた瞬間、私はまた泣きそうになってしまった。
堪えなければ。
せっかくメイクを直したのに、意味がなくなってしまう。
「梨乃」
愛しい声に名を呼ばれて手を振る。
奏太は迷いなく私がいる2階へ上ってきた。
誘うように部屋の扉を開き、奏太と共に中へ入る。
扉が閉まる前に、私たちは強く抱き合い、キスをした。
その瞬間、私の中にあったショックや悲しみのほとんどが昇華してしまった。
心がみるみる満たされて、ハッピーになっていく。
彼の唇からどんな成分が注入されているのだろう。
即効性がスゴい。
「梨乃の部屋、初めて入った」
「そういえばそうだね」
今までは来ても駐車場までだった。
「梨乃のにおいがする」
「やだ。なんか恥ずかしい」
体を離すのが惜しくて、靴も脱げない。
抱き合う私たちの姿が、鏡に映っているのが見える。
ネイビーのTシャツに覆われた奏太の背中。
そこへ回した自分の手を、少し動かす。
鏡の中の手もちゃんと動く。
今見えているものが幻想でないと実感できて、ホッとした。