くるまのなかで

「じゃ、俺帰るね」

奏太はそう言って、急に私から離れた。

「え、もう? せっかく来たんだし、お茶でも飲んでけばいいのに」

部屋に入るどころか、まだ靴も脱いでいない。

「いや、このまま部屋に入ったら、俺何するかわかんないし」

「奏太になら、何されたっていいのに……」

夜景を見た日以来、私はずっと意識している。

焦っているわけじゃないけど、好きな人を目の前にすれば、そういう気持ちになるのは自然の摂理だ。

奏太ともっと深い関係になりたい。

奏太は私のものなのだと、実感したい。

私のハジメテは奏太だし、過去には何度かそういう気持ちを満たし合ったことがあるけれど、昔の思い出など今は気休めにもならない。

奏太を見つめていると、彼はさっきよりも少し乱暴な仕草で再び私の口を塞いだ。

「だから、煽るなって。今は車もアパートの前に停めっぱなしだし、このまま梨乃に夢中になって、駐禁切られるのは困る」

「あはは、それは困るね」

「かといって、俺もそんなに長く我慢はできないから。近いうちに俺が社長と相談して、梨乃が休みの日に有給もらうようにするよ」

「うん」

今度の日曜日はダメだったけど、だからって金輪際休みが合わないわけじゃないんだ。

その日を楽しみに、私はまた頑張れる。

奏太は本当に部屋の中には入らずに帰っていった。

滞在時間は5分弱。

ほんのわずかな時間だったのに、不安とショックでささくれていた私の心を見事に潤してくれた。

やっぱり奏太はスゴい。

大好き。




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