くるまのなかで

11時を回ったと気づいたのは、枕木チーフが深夜ミーティングから戻ってきたからだった。

「まだいたのか。もう11時だぞ」

ここのところ、彼もかなり忙しそうだ。

私より早く出社しているのに、私より遅くまで働いている。

例の新しい事業が、かなり煮詰まってきているのだろう。

「ああ、もうそんな時間ですか」

我ながら気の抜けた声で応えると、チーフは怪訝そうな顔をした。

「お前、大丈夫か?」

「え?」

珍しく、優しい声だった。

「顔とか色々やべーぞ。ちょっと来い」

「は、はぁ……」

色々やべーってどういう意味?

促されるままセンターを出て、休憩室に入った。

休憩室には他に人はおらず、設置された自販機の作動する音だけが響いている。

先に入室したチーフが、冬によく飲んでいたホットミルクティーを買って一本私によこしてきた。

「ほら」

「いただきます……」

チーフが優しくて気持ち悪い。

ソファーの席に対面で座る。

彼も同じものをチョイスしたようだ。

甘い紅茶だが、男らしい仕草でプルタブを引き口に運ぶ。

イケメンはそれだけで絵になるから腹立たしい。

私も缶を開けて一口啜り一息つくと、湯気でメガネが少し曇った。

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