くるまのなかで
ああ、神様っているんだ。
私、小林梨乃(こばやしりの)は、少し汚れた窓ガラスに貼り付きながら確信した。
この世に生を受けてからこれまでの28年間、神様は“一億円欲しい”とか“楽をして痩せたい”みたいな、くだらない希望は何一つ叶えてくれなかった。
けれど、いざという時の切なる思いには、応えてくれることもあるらしい。
私はつい先ほど絶体絶命の大ピンチを迎え、おそらく神によって救われたところである。
さらに今日はよっぽど機嫌が良かったのか、おまけとばかりにもうひとつ願いを叶えてくれた。
それは、“徳井奏太(とくいそうた)に会いたい”という、かれこれ10年来の切望だった。
徳井奏太とは、10年前に別れた私の元恋人だ。
別れて以来、顔を見る機会すら皆無だった彼が今、目の前にいる。
「梨乃?」
ガラス越しに私の名を呼ぶ彼の声。
その瞬間、私は再び彼に恋をした。