くるまのなかで
この日、22時頃。
今日片付けるべきほとんどの仕事を終え、最後にコミュニケーターの出勤簿をチェックしていると、さぽーとこーるの内線が鳴った。
発信元は『正門受付』と表示されている。
昼に車を降りた正面ゲートの詰所である。
「はい、第二部一課の小林です」
第二部一課とは、この『すずらんテレビ・さぽーとこーる』を請け負っている部署の正式名称だ。
外部への情報漏洩を避けるため、センター外の人間と話す時に『すずらんテレビ』や『さぽーとこーる』などの名称は使わない。
クライアントにとっては、さぽーとこーるをうちの会社に業務委託していること自体が機密情報にあたるからだ。
たとえ委託していることをオープンにしているクライアントのことであっても、名前を出すことは極力避ける決まりになっている。
『あー、小林さんですか。お疲れ様です』
電話の主は、いつも退勤時に労いの敬礼をしてくれる田辺(たなべ)さんだった。
彼のしゃがれた声を電話口で聞くのは久しぶりである。
「お疲れ様です。この時間に珍しいですね。どうかされましたか?」
詰所から私に連絡が来ることなど、滅多にないのに。
『小林さんを迎えに来たという男性がいらっしゃるのですが、入場許可の確認です』
奏太だ!
奏太が迎えに来た!
「白のシルビアで、名前は徳井奏太さんですか?」
『そうです』
「であれば間違いありません。入場を許可していただいて結構です」
『かしこまりました』
私は受話器を置いて、急いで帰宅の準備に取りかかった。