くるまのなかで
セキュリティに厳しいこの会社では、コールセンター内への携帯電話などの通信機器や情報を保管できるツールの持ち込みが一切禁止されている。
センターに立ち入る人間は皆、ロッカールームに貴重品以外の私物を預けなければならない決まりだ。
よって仕事中は連絡ができなかったし、向こうからの受信・着信を確認することもできなかった。
奏太はここへ来る前に連絡をくれたかもしれない。
無視していると思われたらどうしよう。
待たせたくなくて、急いで帰る準備を進める。
「お先に失礼します。お疲れ様でした」
夜中まで稼働する他部署の人たちに挨拶をして、退勤。
社員証をかざさないと開錠されない扉を開けて、センターからロッカールームへ出る。
急いで自分のロッカーからバッグを引っぱり、携帯電話をチェック。
『着信1件 21:32 徳井奏太』
やっぱり奏太から連絡が入っていた。
私の携帯電話に再び彼の名前が表示される日が来るなんて、思ってもみなかった。
全身に熱いものがじくじくと巡る。
奏太を好きになって、でもまだ付き合っていなかった頃と同じ、懐かしい痺れを感じる。
そうだ。
恋に落ちると、身体はこんなふうに痺れるんだった。
私は奏太と別れて以降、何人かの男性とお付き合いに至ったけれど、この痺れを味わえるほど好きになれた人はいない。
機械を両手に包み、ギュッと胸に押し付け、二回深く深呼吸をする。
こうしちゃいられない。
奏太はすでに迎えに来てくれている。
私は手早くメイクを直し、髪を整え、羽でも生えたのかと思うくらい浮き足立った状態でロッカールームを出た。
仕事終わりの足取りがこんなにも軽いのは、入社以来初めてだった。