くるまのなかで

シルビアが走り出す。

門を出るとき、いつものように田辺さんが『お疲れ様でした』の敬礼をしてくれているが、車体が低いため顔までは見えなかった。

道路に出て、街灯もほとんどない田舎道をゆっくり走る。

奏太は付き合っている頃から、私を乗せている時だけは、道が空いていても後続車に煽られても、絶対に無理なスピードを出して運転したりはしなかった。

「ていうか俺、家の場所聞かずに出発しちゃったけど、10年前に住んでた団地で大丈夫?」

「あ、ううん。実はちょっと前に引っ越したの。でも町内だから、方向はこのままで大丈夫」

「そっか。おばさんは元気?」

「実は、3ヶ月前に病気で亡くなって」

「えっ、マジで? そうか……大変だったな」

母の生前は県営の団地に住んでいたが、母が亡くなって入居基準を満たさなくなったため、追い出されるような形で3月末頃に退去。

以降は一人でロフト付きワンルームのアパートに住んでいる。

「ううん。そういうわけで、今は一人。残念ながら、彼氏もいないしね」

いろんな思いや打算を込めて口に出したから、少し声が震えてしまった。

だってこれに対する返答によって、私に可能性があるかどうかがおおかたわかる。

この10年間、私は奏太に未練を抱いて生きてきた。

誰を好きになっても、誰と付き合ってみても、その人を奏太以上に愛することができなかった。

私はもう、恋などできないのかもしれない。

最近はそう思っていたから、今日の劇的な再会に進展を期待せずにはいられない。

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