くるまのなかで
奏太は右手でハンドルを、左手でシフトレバーを握ったまま、軽く笑いを漏らした。
「笑っといてなんだけど、俺も彼女いないんだよね」
え、本当?
そっか、いないんだ。
どうしよう。嬉しい。
もしかしたら、頑張ったら、うまくいけば。
また奏太と特別な関係になれるかもしれない。
振られた側なのに、再会したばかりでそう思ってしまうのは安易すぎるだろうか。
「あはは、そうなんだ」
心の中の妄想をおくびにも出さず、彼と同じトーンで笑っておく。
冷静に、冷静に。
現時点で“好き”という気持ちに至っているのは私だけで、奏太にとってはきっと“懐かしい”に過ぎない。
希望は持ちたいが、焦ってはダメだ。
急いては事をし損じる。
再会して間もないのに、性急に関係を縮めようとすれば退かれてしまうかもしれない。
そうなると、二度とチャンスを得られないかもしれないのだ。
母という唯一の家族を失い、思い出の詰まった家を追い出された精神的ダメージは、まだ完全には癒えていない。
そのうえ奏太にまた振られてしまったりしたら、私はきっと廃人のように空っぽになってしまう。
だから今はまだ、胸をときめかせていたい。
奏太と再会できただけで、今は十分幸せなのだ。