くるまのなかで
今日の研修の資料を印刷しながら、来月のシフトを組んでいく。
資料のホチキス留めは奈津さんにお願いして、私はエクセルの操作に集中。
早く夜にならないかな。
今日も仕事を終えたら奏太が迎えに来てくれる。
彼からの『お疲れさま』が聞けると思ったら、この忙しさも苦ではなくなる。
「チーフの言ってた通り、梨乃ちゃん、ニコニコしてるね。やっぱりいいことあったんだ」
奈津さんの指摘に、私の表情筋は再び強張った。
また無意識にニヤニヤしていたようだ。
「いや、そういうわけでは……」
あるんですけど。
「なんか肌も髪もつやつやだし、メイクもしっかりめだし。彼氏できた?」
高くてよく通る奈津さんの声に、受電待ちのコミュニケーターの視線が一気に集まってくる。
「やめてくださいよ、仕事中に。みなさんも、変な期待しないでください。違いますから」
このセンターのみんなは、他人の恋愛事情に興味を持ち過ぎだと思う。
年がいくと周囲にそういう話題が少ないから、私みたいな独身女のコイバナが楽しいのだと、主婦のコミュニケーターが言っていた。
だから尚更、恋をしているなんて言えない。
職場のみんなのネタにされるなんて恥ずかしすぎる。
「じゃあなんでメイクに気合い入ってんのー?」
「車が壊れて、バス通勤だからです。修理が終わればメイクも元に戻ります」
「へー、そっか。なんだー」
つまらなそうに眉を下げる奈津さん。
信じてくれてよかった。