くるまのなかで

チーフは長い脚でズンズン私の後ろを通過していく。

性格はまあ置いといて、見た目がこれならモテてきたに違いない。

女性経験、豊富なんだろうなぁ。

会社では他の部署の人たちにも人気がある。

私は決してこんな男にときめいたりしないが、身近な男性といえば彼だけだ。

そう思ったら、口が勝手に動いた。

「チーフ」

好きな男に“また会いたい”と思わせるためには、どうしたらいいですか?

危うく聞いてしまいそうになって、自分が怖くなった。

私、枕木チーフに答えを求めてしまうほど必死になってたの?

「ん?」

足を止めてこちらを向いた彼に、取り繕って尋ねる。

「何か、勇気の出る方法、知りませんか?」

10年前みたいに傷つくのが怖くて、自分から攻められません。

チーフは私の唐突な質問に「は?」と声を漏らしたけれど、立ち止まったまま数秒考えて答えをくれた。

「苦しむ覚悟を決めろ」

え? それ、どういう意味?

私はすぐには理解ができなかった。

質問する間もなく、チーフは扉に社員証をかざしてピピーッと解錠し、ロッカールームを出て行ってしまった。

苦しむ覚悟って、私の場合、拒否されてショックを受けて落ち込む覚悟を決めるってこと?

無理だよ、私のメンタルはそんなに強くない。

あんな苦しみ、二度と味わいたくない……。

覚悟なんて決まらない。

勇気は出そうもない。



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