くるまのなかで
宇津木自動車はこの県道65号線に面しており、左側に大型トラックが3台は入る広い工場(こうば)があって、右側に事務所の建物がある。
敷地の手前部分、つまり道路側は、車が何台も停められるスペース。
工場には、黒の軽自動車と白のトラックが1台ずつ置かれている。
現在整備中なのだろう。
それ以外には事務所の前に白のシルビアが一台停まっている以外、自動車は見当たらない。
工場に人はいないようだが、事務所の窓越しに人がいるのがわかり、私はダッシュの勢いのままそのガラスに両手を貼り付けた。
ビタン、と音が鳴り、中にいた緑色のつなぎを着た男性が驚いてこちらを向く。
「助けてください!」
そう叫んだ直後、私は猛ダッシュの直後にもかかわらず、呼吸を忘れた。
中にいた男は、徳井奏太だった。
「梨乃?」
ああ、神様っているんだ。
絶体絶命のピンチを救ってくれて、目の前に自動車の整備工場を用意してくれて、会いたかった元恋人にまで再会させてくれた。
生きててよかった。
私の冴えない人生もまだまだ捨てたもんじゃない。
私の胸は、恐怖による動揺と疾走による心拍の上昇、そして恋心の三重奏に乗って、どうしようもなくドキドキしていた。