くるまのなかで

心の中だけで落ち込んだところで、お客さまからのコール音が鳴った。

ヘッドセットを着けて待機していたコミュニケーターが受電。

「お電話ありがとうございます。すずらんテレビ、さぽーとこーるでございます」

直後、また電話が鳴った。

次のコミュニケーターが応対する。

「お願いしまーす」

先に受電したコミュニケーターからヘルプのコールが出た。

彼女らが個人で判断できない案件の指示は、私たちSVの仕事である。

たとえ自分の仕事の途中でもヘルプ業務を優先させねばならない。

「はーい」

手を上げているコミュニケーターの横へ移動。

「契約プラン変更のご依頼なんですけど、お電話くださっているのがご契約者本人ではないようで……」

内容を聞き、お客さまの情報を画面で確認。

対応方法を決定し、指示を出す。

「お願いしまーす」

指示を出す前に別のコミュニケーターからヘルプのコールが上がった。

奈津さんを見ると、業務用の電話に出てしまっており、対応できそうもない。

ここは私一人でさばく必要がありそうだ。

「ご本人、あるいは配偶者以外からの申し出の場合、契約プランの変更手続きはお受けできません。マニュアルの§5にスクリプトが載っているのでお願いします。はーい、今行きます」

移動している途中で3件目の電話が鳴る。

忙しくなってきた。

これから清香先輩たちの研修の準備もしなきゃいけないのに、手がつけられない。

「お願いしまーす」

またヘルプのコールだ。

奈津さんはまだ電話を切れない状況のようだ。

申し訳ないと、表情が告げている。

こういう状況では通常、チーフSVが手伝ってくれるのだが、今に限って枕木チーフは席を外している。

あの男、わざとじゃあるまいな。

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