くるまのなかで
怒濤の集中コールが治まると、奈津さんも業務用の電話を終え、枕木チーフも煙のにおいをつけてセンターへと戻ってきた。
二人の手が空いた途端に受電も落ち着くなんて、まるで神様から私への嫌がらせみたい。
今日の神様はちょっぴり意地悪だ。
「梨乃ちゃんごめんね、お客さんに電話してて、切れなかったの」
と、奈津さんが謝ってくれた時だ。
「小林。もうすぐ時間だぞ。研修の準備は済んでるのか?」
研修用のスペースに資料がないのに気付いた枕木チーフが、時計を見て尋ねてきた。
「いいえ、まだです。これから急いで準備します」
「これから? あと15分しかないぞ。今まで何やってたんだよ」
「コールが集中して、対応してました」
「もっと余裕を持って動け。いつも言ってるだろ」
ため息をついたチーフは、怒るというより呆れた感じでそう言った。
「すみません」
“余裕を持って動け”という言葉は、半年前にこの部署に来てから、ずっと言われ続けている。
でもその余裕をどう作ればいいのかは教えてくれない。
自分で乗り越えねばならないと理解しているが、目の前の仕事を期限までに終わらせるだけでもギリギリだ。
「もっと要領よく、効率的に、確実に」
そんなこと言われても、私は今でさえ必死にやっている。
自分のベストを尽くしている。
「はい。善処します……」
チーフは私が本気を出していないと思っているのだろうか。
それとも、仕事のできない私に対する嫌味なのだろうか。
後者に聞こえてしまうから、私はこの男を好きになれない。
自分の出来の悪さを棚に上げて勝手だとは思うけれど、私にだってもう少し優しくしてくれたっていいのに。
そう思ってしまうのは、甘えなのだろうか。