くるまのなかで

この日、仕事が終わったのは23時半頃だった。

シフトを組み直したり、今日を反省して次回の研修資料を印刷したりしているうちに、こんな時間になってしまった。

途中、深夜会議から戻ってきた枕木チーフに

「無駄に残業するな」

なんて言われて、気分は最悪である。

誰が好き好んで残業なんかするか。

私の給料にはあらかじめ30時間分の残業代が含まれているから、稼ぎにだってならないのに。

他部署の深夜組に挨拶をしてセンターを出る。

ロッカーから自分のバッグを取り出し、車のキーと携帯電話を手に取った。

チカッと緑色のランプが、メッセージの受信を通知している。

ホームボタンを押すと、メッセージの発信者と内容が表示された。

『仕事終わった?』

奏太からだった。

枕木チーフの嫌味のことなんて、瞬時に頭から吹っ飛んでいってしまう。

すっかりネガティブモードに陥っていたのに、一瞬で恋愛モードに切り替わる。

恐るべし、恋のパワー。

『今終わったよ』

送信。

数秒後、送ったメッセージが“既読”になった。

愛車を受け取った日以来、私たちはこうしてとりとめもないメッセージのやり取りをしているが、既読がつく瞬間を見ると、いつもドキッとする。

奏太は今、私のことを考えているんだな。

そう思って嬉しくなる。

気分よくロッカールームを出て駐車場へ向かっている途中で、手に握っている携帯がブブ、と震えた。

『遅かったね。お疲れさま』

だらしなく口角が上がっているのが、自分でもわかる。

こんな気持ちは本当に久々だ。

車に乗り込んでエンジンをかけ、発車する前に返信しておく。

『ありがとう。もうお腹ペコペコ』

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