くるまのなかで
奏太は私の3歩分の距離を、2歩で詰めてきた。
思わず一歩後退するが、左腕を掴まれ引き止められる。
その勢いで軽く体がぶつかって、ふわっと奏太の匂いがした。
当時とは違う、色気を含んだ甘い匂いだった。
条件反射で顔を見る。
顔と顔の距離が近い。
本当の意味で一歩間違えたら触れ合ってしまえる。
驚きと期待が入り交じって、唇を結び息を飲んだ。
「梨乃のこと、そういう目で見てる。これから梨乃を誘う時は、そういう期待を込めて誘う」
“そういう”って、恋愛対象って意味で、いいんだよね?
私こそ、期待していいんだよね?
これから何度か会って、もしお互いがその気になったら、また特別な関係になれるって。
そういう気が、奏太にもあるんだって。
「やっぱりズルいよ、そんな言い方。全然ハッキリしてないじゃん」
「ごめん。俺、こういうこと言うの得意じゃないから」
左腕が解放され、彼の顔が離れる。
奏太はそのままスタスタとシルビアの方へ歩いて行った。
膨れ上がった期待が不完全燃焼に終わってモヤモヤする。
欲求不満みたいで恥ずかしい。
まんまと術中にハマった感じもするが、考え過ぎだろうか。
私たちは様々な思いを込めた「おやすみ」を言い合って、各々の車に乗り込んだ。