くるまのなかで

エンジンをかけっぱなしにしていたシルビアに乗り込んだ。

ゆっくり発車。

しばらく進んで、道幅の広いところでUターン。

事故現場を通過して、来た道を下ってゆく。

「奏太。連れてきてくれてありがとう。おかげで先輩にお別れ言えた」

「……うん」

それと、今の奏太を形成する核心的部分に触れられた。

別れてからの10年間を少し覗けた気がして、嬉しい。

「あ、そういえば。由美先輩は、どうしてるのかな?」

結婚の約束までした人が亡くなってしまって、彼女こそ、自分を見失ったりヤケになったりしているのではないだろうか。

「由美なら、元気にやってるよ」

「ほんと? よかった」

彼女の美しい笑顔が懐かしい。

きっと今でも変わらずキレイなんだろうな。

願わくば、モト先輩と同じくらい愛し愛される人と、幸せな結婚をしているといいな。

今はモト先輩と奏太のことで胸がいっぱいだから、由美先輩のことは、また今度聞いてみよう。



モト先輩はやはり、紫陽花祭りの日、奏太が私と別れた後に亡くなったとのこと。

紫陽花祭りは毎年6月の第二土曜日に行われるため、その年によって日にちが異なる。

モト先輩の命日は、日付でいうとおとといだった。

奏太は命日は仲間のみんなで墓参りに、紫陽花祭りの夜は一人で事故現場に、毎年訪れているという。

そこに「私と別れた日」なんて入り込む隙間などないような気がして、私はこの日、一切その話を出さずに奏太と別れた。




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