精一杯の背伸びを





「その顔見ると、死人のままでいたかったのか?」



 榊田君は私の顔を覗き込み、普段より少し低い声で尋ねた。


 彼の視線を避けるように、足元に目線を落とす。



「死人でいれば辛くない」



 仁くんを恨みたくなかった。


 憎みたくなかった。


 だから私は、仁くんに線を引いた。


 心に線を引いた。



「そうか?辛くなかったか?それなら何で自殺しようとした?」



「だから、あれは」



 私の言葉を榊田君が遮る。



「逃げた結果だろ」



 榊田君が私のあごを掴む。


 無理やり顔を上げさせられる。


 揺るがない黒い瞳が私に注がれる。


 私は思わず、目を背けた。


 この全てを見透かすような、まっすぐな視線から逃げたかった。



「そうやって過ごしていくつもりか?諦めたように笑って、目を背けて、それで満足か?移ろうように、流されるように」



 それは、私を責める口調だった。


 容赦なく浴びせられる言葉は鋭く、私の心を疼かせた。


「……私に、どうしろって言うの!?もう、無理なのよ!どうしようもないのよ!私だって好きでこんなふうになったんじゃない!!」



 つい大きな声をあげる。


 数十メートル離れた座席にいた、おじさんが何事かと私たちに視線を向けた。



「もう、どうしようもないのよ」



 さっきとは打って変わって弱弱しく、か細い声が出た。



「何があった?」



 いつもと変らない落ち着いた口調なのに、どこか優しく聞こえた。


 泣きたくなるほどに。


 私は彼の優しさに甘えてばかりだ。







< 179 / 233 >

この作品をシェア

pagetop