精一杯の背伸びを
そんな考えが私に勇気を奮い起させたのだろう。
彼は、明日には雪に覆われたこの町を出ていく。
こんな夜中に散歩をしたいとわがままを言ったのも、今日が彼と会える最後の日だからだ。
彼の名前を呼ぶ。
ただ名前を呼んだだけなのに声がみっともなく裏返る。
握り締めた手のひらが汗をかき、余計に緊張して言葉が出なくなり、いたたまれなくなった私はマフラーに顔を埋めた。
彼は再び、
「帰ろう」
そう言って、私の手を取って歩き出したが、私はその手を乱暴に振りほどく。
彼は驚いた様子もなく淡い笑みを浮かべて、どうした?と尋ねるように目を細めた。
私はその瞳に吸い寄せられて、視線を逸らすことができなかった。
身体中が強張り、心臓も大きな音を立てている。
ただ言葉だけは自然と出てきた。
「私ね……」
もう、春がすぐそこまで来ていた頃の話だ。