精一杯の背伸びを
そしてお店を出ると用はないと言わんばかりに、ぱっと私を放り投げ、何も言わず一人でさっさと帰っていったのだ。
私はその背中を呆然と見送っていた。
何が起こったのかがわからず、榊田君が見えなくなるまで。
その後、キャンパスで見覚えのある後姿を見かけお金を返そうと声をかけた時、彼は品定めをするように、しばらく私を見つめてから口を開いた。
「空手やりたいなら俺が通う予定の道場紹介するけど?」
それは、私にとって願ってもないことだった。
それから大学から二駅ほど離れた道場に通っている。
そして道場の近くで短時間・高時給という条件で見つけた塾の講師のアルバイトも榊田君と一緒になった。
さらに互いに一人暮らしで家も近いという偶然まで重なれば必然的に彼と過ごす時間は多くなる。
ただ私は、榊田君と馬が合うというか、波長が合うから一緒にいる時間が多くなったのだと思っている。
アルバイトや道場で帰りが一緒のときは外で夕食を済ませていたが、今日は料理の評価を第三者にして欲しくて榊田君を家に招待した。
「美味いじゃん」
彼は一通り箸を通してから口を開いた。
褒め言葉を聞けるとは思ってもいなくて、私は目を見開いた。
榊田君は、口が悪い。
その口と彼の冷ややかな視線の餌食になった、哀れな子を私は幾度となく見てきた。
私に向けられたことは幸いにしてないが、言われた相手だけではなく、その場にいる人全員を氷像にすることができる。
これは彼の得意技だと私は思っている。褒められたものではないけど。
榊田君に、まぁまぁ。そんな評価がもらえれば、それは一般的に上出来だということだ。
それが美味しいと言ってくれるとは。