精一杯の背伸びを




 帰りの電車でもお互い何も話さなかった。


 仁くんのマンションに着き、



「冷蔵庫見させてもらうね」



 と彼の顔を見ることはせず、冷蔵庫を開ける。


 ほとんど空だ。


 おかゆに使う卵さえない。


 ソファーに置いたカバンを手に取ろうとしたら、仁くんに手首を掴まれた。



「寝てて。材料買ってくるから」



 俯いていたから、声がくぐもった。



「悪い。機嫌直してくれ」



 もうその言葉を何度聞いたことだろう?



「どうして言ってくれなかったの?」



 顔を上げることはできなかった。


 彼の顔を見たら泣いてしまいそうで。



「小春が心配することじゃない。大したことじゃないよ」



 彼は、ソファーに座り私の顔を覗き込もうとする。



「大したことない?ずっと仕事で徹夜続きだったことが?熱があることが?」



 矢継ぎ早に問う。



「熱があるのは、家を出るまで気づかなかった」



 それは本当なんだろう。


 でも……



「どうして徹夜だったこと言わなかったの?映画の時も仕事で寝不足だったんでしょ?」



 仁くんが何故眠ってしまったのか考えもしなかった。


 今日だって顔色が悪いのだって、乗り物酔いだと思ってた。


 気づかなかった自分にも腹が立った。



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