恋が都合よく落ちてるわけない

「二人とも少し寄っていかないか?」
岡崎さんが私の方を見て言った。


「千鶴?」

昨日の私なら、
二つ返事で行くと答えていた。


でも、今は行きたくない。


須田さんも、岡崎さんも
どういうつもりで、
私を連れて来たのか気が付いていたから。


「降りるぞ…」


須田さんが、ドアを開けた。


「いやだ。行きたくない」
岡崎さんが、
家の方に向かってから言った。


「また、抱き抱えられたいか」
須田さんの腕が伸びてきて、私をつかまえた。彼に押されて家の前に立つ。


「いや」
私は、須田さんについて、
玄関の前に立った。


「どうぞ、あがって」
岡崎さんの声がする。


「仁志?何してるの?
早くあがってもらって」
中から女性らしい柔らかい声がした。


「ああ、今行く」


須田さんが私の背中を押した。
「ほらっ」


リビングの方から、
上品な女の人が出てきた。


「はじめまして、妻の深雪です」
丁寧に頭を下げた。

ええっ?

深雪?
深雪のことは忘れないの深雪さん?

何やってんの?この人…

私は、岡崎さんの奥さんの顔を
見て挨拶する前に、
須田さんの顔を見てしまった。

「遅い時間に申し訳ない」
須田さんは、普通に挨拶してる。
ギクシャクしてる様子はない。
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