あなたの音に――――
「はぁ……」
ほとんど誰も居なくなった放課後の校舎で吐く溜息は、誰に聞かれることもないから気兼ねなく出来て助かる。
三階にある音楽室からは、今も優しいメロディーが流れ続けている。
音楽室へ向かう階段そばの壁に寄りかかり、私は“雨だれ”に耳を傾ける。
人気のない廊下にたたずみ、無駄にずっしりと重い鞄の取っ手をぎゅっと握り締めた。
今朝、ほとんど目もあわせずに出て行った父の背中に、手を伸ばしかけた。
行かないでっ。
小さな子供みたいに、叫びだしそうになった。
だけど、もう無理なのは解っている。
伸ばしかけた手を力なく引っ込め、ぎゅっと握って唇を噛みしめ、呪文みたいに何度も呟いた。
大丈夫。
こんなのはよくあること。
大丈夫。
こんなのはよくあること。
大丈夫。
こんなのはよくあること。
母は、父が居なくなるその瞬間にキッチンから出てきもしなかった。
きっと、一人で安堵の息を吐いていたに違いない。
せいせいしたと、肩の荷が下りたと。
ほっとしていたはず。