~Still~
高宮理恵は、街の騒々しさに紛れて口に出して言った。

「あんたに神谷颯太は渡さないわよ」

身体にまとわり付く、湿気の多い空気を蹴散らすように、理恵は尚も歩き続けた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「楠木先輩、本当にいいんですか?」

「……何がだよ」

健斗は、自主事業統括部の後輩、笹田をチラッと見ながら答えた。

誰もいなくなった広い売り場は、思いの外声が響く。

笹田は、日本酒フェア仕様にすっかり様変わりした売り場を眺めながら、健斗に眼を向けた。

「明日のゲストの二人ですよ。神谷酒造の社長、神谷颯太と、雅酒造の社長、雅丈一郎ですよ」
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