~Still~
雅丈一郎は、続けた。

「先程、あなたの酒をお断りしてしまったが、実は、控え室で既に頂いたんだよ。
こんなに、甘く、果実のような味わいの日本酒は初めてでね。美味くて美味くて、飲み過ぎたものだから遠慮したんだが、やっぱりもう一杯、いただこうか」

雅丈一郎が、威厳のある表情を崩し、いたずらっぽい眼差しを会場に向けると、柔らかい笑い声が室内に溢れた。

颯太は感動を隠せない表情で雅丈一郎にぐい飲みを差し出した。

「うん、美味い。わたしの無礼を許していただけるかな?」

「無礼などとは……とんでもございません。
雅社長。
……実は、僕が最初に飲んだ日本酒は、雅酒造の、『雅』なんです。
反抗ばかりしていた出来損ないの僕は、実家の酒を素直に飲めなかったんです。
けれど『雅』を飲まなかったら、僕は稼業を継いでなかったかもしれません。日本酒の美味さに気付けたのは雅酒造様のお陰です」
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