愛の答
その日は、三ヶ月に一度行っている席替えがあった。
秀才の俺から言わせれば、席替えとはおもしろいものだ。
席が替わる前は男女共に喜ぶのだが、実際に決まると誰もが、
『えぇ!あいつの隣かよ!?』とか、
『席替えしない方がよかった!』とか騒ぎだす。
こいつ等は・・・馬鹿だ。
もちろん、誰もが心に秘めた思いは口にしない。
好きな人と隣になれてよかったとか、好きな人と離れてしまい残念だとか。
俺もその感情はあった。
正直、白水の隣になりたかった。
段々と席が決まっていく。
俺が今日まで座っていた、唯一の男子二人隣り合わせという席も、他の男が決まった。
席を決めるクジの順番がきた。
『!』
俺がクジを引こうとした時、隣に白水が現れた。そして言うのだ。
『五番引いてよ』
俺はドキっとした。
出来る事なら、俺だって五番を引きたかった。
なぜならば、すでに白水はクジを引いており席が決まっていた。
その隣は五番となっていた。
『まだ空席はたくさんあるんだ。無理に決まってるだろ』
俺は白水にそう言いながらクジを引いた。
『!・・・引いたよ』
引いてしまった。俺はその日、最もついている男だった。
自分の感情は極力殺した。
一方白水は、『あはは!マジで!?運命とか?超ウケる!』と、笑っていた。これで・・・これで三ヶ月間は白水の隣の席を俺が占領できるわけだ。
表情にはもちろん出さない。
さっきも言ったように、悪魔で感情は殺し続けた。
ガヤガヤと新しい席に文句をつけながら、皆が自分の机と椅子を持ち運び新しい席に移った。
俺と白水の席は前側でもなく、後ろ側でもなく、窓側でもなく、廊下側でもない、クラスのど真ん中だった。
『はい、これで三ヵ月間授業を受けるぞ。
何か不都合な者はいるか?黒板の字が見えないとかは?』と、先生が言った。少し騒つき、誰もが不都合な事はないという雰囲気を醸し出していた。
しかし次の瞬間、
『先生!イカサマは許されるんですか!?』という声が上がった。
これは秀才の俺でも予想外の言葉だった。
『イカサマ?私が見ている目の前でクジを引いてもらったんだ。イカサマはありえないだろう?』
『いいえ!二人のどちらかは絶対にイカサマしてます!』
何を言っているんだ?俺は思わず声を上げた女子を見た。
情報屋だった。
情報屋は立ち上がって、俺と白水に対して真っ直ぐ指を差していた。
なるほど。
つまり、あの日を境に俺と白水を敵視していて、たまたま隣り合わせになった俺と白水にケチをつけようと言うわけだ。
間抜け・・・。
先生が言う。
『何だ、何か根拠でもありそうな言い方をするな?どうなんだ?』
どうなんだ?どうなんだって?
あまり馬鹿気た事をペラペラぬかすと、さすがの俺だってキレ・・・
『馬鹿じゃないの?』る・・・って、あれ?
俺の、男としての見せ場をあっけなく白水に持ってかれてしまった。
白水はゆっくりと立ち上がり、
『ねぇ、馬鹿じゃないの?あんたも。先生も。私と慎吾以外、全員脳みそ取り替えてみたら?』
俺は数倍に跳ね上がる鼓動を感じながら白水を見上げた。
クラス全員、更には先生までも敵にしなくても、と思った。
しかし白水は続ける。
『ここに居る四十人以上の誰か!私達がイカサマしたって証拠突き付けてみなよ!もちろん、先生も含めてね』
ここまできてしまっては、俺は白水を善良で応援するしかない。
無言の声援を送りながら、俺は白水の輝く姿を座って見ていた。
先生は、反抗意識を見せた白水に驚いて何も言えずにいた。
案の定、情報屋が口を開く。
『証拠も何も、おかしいでしょう?最近噂になっている二人が、このクラスになって初めての席替えで隣り合わせになるなんておかしい!』
これだから低知能の猿は困る。
俺は眉間に皺を寄せながら小さく首を振った。
それは、宝くじを当てた人を愚弄しているようなもんだ。
その後、白水はいかにもあんた本当頭足りないね、といった感じの笑いを表情に見せた後、
『くだらない。ほら、そろそろ休み時間なんだから。さっさと次の時間が始まる前にニコチン注入でもしてきたら?』
女子の毒舌口撃はえぐいと思いながらも、俺は密かに白水を応援し続けた。
しかし、妙な雰囲気が教室に漂った。
『・・・』
やばい展開だと察せた。
ここで初めて俺はこの雰囲気が醸し出す意味を理解した。
最初から、白水は女子生徒全員を敵に回しているキャラ。
男ウケはいいが、女子からしてみれば【いじめ】るターゲット。
そしてマドンナと熱愛が日々噂されている俺は、男子からすれば白水同様のターゲットとなっているのだ。
更に最悪な事に、先生に対する批判論を口にした白水。
先生までも敵となった今・・・クラスのど真ん中に二人は、【孤立】した。
『・・・え?何これ。いかにもうちらがイカサマしたみたいじゃん。
証拠の一つも出せないくせに』
一人の女が言う。
『証拠なんて必要ないよ』
先生が言う。
『とりあえず放課後二人とも残れ。イカサマ以前に、私に対する暴言をどういう心境で吐いたかをじっくり聞かせてもらいたい』
俺と白水を中心に、見えない輪が作られていった、
至る所でヒソヒソと嫌味が飛びかった。
俺は何も出来ぬまま白水の反撃を待っていた。しかし・・・
『信じられない』
白水は勢い良く教室を出ていってしまった。
取り残された俺は、皆の視線に耐え切れず白水の後を追った。
人生なんてくそくらえだ!
どいつもこいつも、死んじまえ!
白水沙矢香以外は・・・。
せっかく、三ヶ月間という期間を楽しく過ごせると思っていたのに。
全部、全部あいつ等のせいだ!・・・全ての存在を強く恨んだ。
天級の威圧を相手に見せ付ける、強き白水が一人哀しそうに図書室に入っていくのを俺は背後から確認していた。
誰でもいいから教えてほしかった。
俺は白水に対し、どういう言葉をかけてやればいい?
俺は、動揺を隠しきれないまま図書室に入った。
白水は窓際に立ち、外の風景を見ていた。
扉の音で俺に気付く白水。
『あ、あの、平気?』
白水は眉を八の字にして表情を崩した。
宝石のような輝きを持つ涙が次々と零れ落ちた。
図書室入り口に立っていた俺の元へ駆け寄ってきた彼女の両腕が、俺の腹部をしっかりと捉えた。
『馬鹿慎吾!・・・助けてくれないんだもん!』
白水は泣き続けた。
『・・・ごめん』
白水の涙が俺の制服にしっかりと染み付いた。
俺は抱き締めてやる事も出来ずに、ただじっとしていた。
白水が顔を上げた。
『・・・ははっ、私、泣いてるし』
『うん・・・』
『・・・ねぇ』
『何?』
『誰も居ない場所で、静かな風に吹かれたいよ』
『・・・屋上?』
『違う。本当に、私達を知る人がいない所』
それはつまり・・・【駆け落ち】というやつか?
俺の心は一気に動転した。
中学生の俺にはとても新鮮な言葉だった。
しかし、言葉の意味を知っている以上、動揺を隠せなかった。
白水が言う。
『今日、この土地を二人で出よう?』
秀才の俺から言わせれば、席替えとはおもしろいものだ。
席が替わる前は男女共に喜ぶのだが、実際に決まると誰もが、
『えぇ!あいつの隣かよ!?』とか、
『席替えしない方がよかった!』とか騒ぎだす。
こいつ等は・・・馬鹿だ。
もちろん、誰もが心に秘めた思いは口にしない。
好きな人と隣になれてよかったとか、好きな人と離れてしまい残念だとか。
俺もその感情はあった。
正直、白水の隣になりたかった。
段々と席が決まっていく。
俺が今日まで座っていた、唯一の男子二人隣り合わせという席も、他の男が決まった。
席を決めるクジの順番がきた。
『!』
俺がクジを引こうとした時、隣に白水が現れた。そして言うのだ。
『五番引いてよ』
俺はドキっとした。
出来る事なら、俺だって五番を引きたかった。
なぜならば、すでに白水はクジを引いており席が決まっていた。
その隣は五番となっていた。
『まだ空席はたくさんあるんだ。無理に決まってるだろ』
俺は白水にそう言いながらクジを引いた。
『!・・・引いたよ』
引いてしまった。俺はその日、最もついている男だった。
自分の感情は極力殺した。
一方白水は、『あはは!マジで!?運命とか?超ウケる!』と、笑っていた。これで・・・これで三ヶ月間は白水の隣の席を俺が占領できるわけだ。
表情にはもちろん出さない。
さっきも言ったように、悪魔で感情は殺し続けた。
ガヤガヤと新しい席に文句をつけながら、皆が自分の机と椅子を持ち運び新しい席に移った。
俺と白水の席は前側でもなく、後ろ側でもなく、窓側でもなく、廊下側でもない、クラスのど真ん中だった。
『はい、これで三ヵ月間授業を受けるぞ。
何か不都合な者はいるか?黒板の字が見えないとかは?』と、先生が言った。少し騒つき、誰もが不都合な事はないという雰囲気を醸し出していた。
しかし次の瞬間、
『先生!イカサマは許されるんですか!?』という声が上がった。
これは秀才の俺でも予想外の言葉だった。
『イカサマ?私が見ている目の前でクジを引いてもらったんだ。イカサマはありえないだろう?』
『いいえ!二人のどちらかは絶対にイカサマしてます!』
何を言っているんだ?俺は思わず声を上げた女子を見た。
情報屋だった。
情報屋は立ち上がって、俺と白水に対して真っ直ぐ指を差していた。
なるほど。
つまり、あの日を境に俺と白水を敵視していて、たまたま隣り合わせになった俺と白水にケチをつけようと言うわけだ。
間抜け・・・。
先生が言う。
『何だ、何か根拠でもありそうな言い方をするな?どうなんだ?』
どうなんだ?どうなんだって?
あまり馬鹿気た事をペラペラぬかすと、さすがの俺だってキレ・・・
『馬鹿じゃないの?』る・・・って、あれ?
俺の、男としての見せ場をあっけなく白水に持ってかれてしまった。
白水はゆっくりと立ち上がり、
『ねぇ、馬鹿じゃないの?あんたも。先生も。私と慎吾以外、全員脳みそ取り替えてみたら?』
俺は数倍に跳ね上がる鼓動を感じながら白水を見上げた。
クラス全員、更には先生までも敵にしなくても、と思った。
しかし白水は続ける。
『ここに居る四十人以上の誰か!私達がイカサマしたって証拠突き付けてみなよ!もちろん、先生も含めてね』
ここまできてしまっては、俺は白水を善良で応援するしかない。
無言の声援を送りながら、俺は白水の輝く姿を座って見ていた。
先生は、反抗意識を見せた白水に驚いて何も言えずにいた。
案の定、情報屋が口を開く。
『証拠も何も、おかしいでしょう?最近噂になっている二人が、このクラスになって初めての席替えで隣り合わせになるなんておかしい!』
これだから低知能の猿は困る。
俺は眉間に皺を寄せながら小さく首を振った。
それは、宝くじを当てた人を愚弄しているようなもんだ。
その後、白水はいかにもあんた本当頭足りないね、といった感じの笑いを表情に見せた後、
『くだらない。ほら、そろそろ休み時間なんだから。さっさと次の時間が始まる前にニコチン注入でもしてきたら?』
女子の毒舌口撃はえぐいと思いながらも、俺は密かに白水を応援し続けた。
しかし、妙な雰囲気が教室に漂った。
『・・・』
やばい展開だと察せた。
ここで初めて俺はこの雰囲気が醸し出す意味を理解した。
最初から、白水は女子生徒全員を敵に回しているキャラ。
男ウケはいいが、女子からしてみれば【いじめ】るターゲット。
そしてマドンナと熱愛が日々噂されている俺は、男子からすれば白水同様のターゲットとなっているのだ。
更に最悪な事に、先生に対する批判論を口にした白水。
先生までも敵となった今・・・クラスのど真ん中に二人は、【孤立】した。
『・・・え?何これ。いかにもうちらがイカサマしたみたいじゃん。
証拠の一つも出せないくせに』
一人の女が言う。
『証拠なんて必要ないよ』
先生が言う。
『とりあえず放課後二人とも残れ。イカサマ以前に、私に対する暴言をどういう心境で吐いたかをじっくり聞かせてもらいたい』
俺と白水を中心に、見えない輪が作られていった、
至る所でヒソヒソと嫌味が飛びかった。
俺は何も出来ぬまま白水の反撃を待っていた。しかし・・・
『信じられない』
白水は勢い良く教室を出ていってしまった。
取り残された俺は、皆の視線に耐え切れず白水の後を追った。
人生なんてくそくらえだ!
どいつもこいつも、死んじまえ!
白水沙矢香以外は・・・。
せっかく、三ヶ月間という期間を楽しく過ごせると思っていたのに。
全部、全部あいつ等のせいだ!・・・全ての存在を強く恨んだ。
天級の威圧を相手に見せ付ける、強き白水が一人哀しそうに図書室に入っていくのを俺は背後から確認していた。
誰でもいいから教えてほしかった。
俺は白水に対し、どういう言葉をかけてやればいい?
俺は、動揺を隠しきれないまま図書室に入った。
白水は窓際に立ち、外の風景を見ていた。
扉の音で俺に気付く白水。
『あ、あの、平気?』
白水は眉を八の字にして表情を崩した。
宝石のような輝きを持つ涙が次々と零れ落ちた。
図書室入り口に立っていた俺の元へ駆け寄ってきた彼女の両腕が、俺の腹部をしっかりと捉えた。
『馬鹿慎吾!・・・助けてくれないんだもん!』
白水は泣き続けた。
『・・・ごめん』
白水の涙が俺の制服にしっかりと染み付いた。
俺は抱き締めてやる事も出来ずに、ただじっとしていた。
白水が顔を上げた。
『・・・ははっ、私、泣いてるし』
『うん・・・』
『・・・ねぇ』
『何?』
『誰も居ない場所で、静かな風に吹かれたいよ』
『・・・屋上?』
『違う。本当に、私達を知る人がいない所』
それはつまり・・・【駆け落ち】というやつか?
俺の心は一気に動転した。
中学生の俺にはとても新鮮な言葉だった。
しかし、言葉の意味を知っている以上、動揺を隠せなかった。
白水が言う。
『今日、この土地を二人で出よう?』