愛の答
全ては紅
秀才だから。
俺と結婚する人も、そりゃ上品な女性だろう。
美人で、知性的、スタイル良く、笑顔が綺麗で、母性本能を擽(くすぐ)るような・・・そんな女性。
白水はそれに全て当てはまっていた。
だから俺はあのような、【過ち】を犯してしまった。
その日の俺は、全ての人間が生き絶えても本当に構わないと思っていた。
ろくに百年も生きられない猿達。
その様子を上空から神は暇潰しに閲覧している。
時に腹を抱えて笑っていたりもするだろう。
所詮その程度なのだから、生きていても然程意味がない。
白水居れば俺は・・・。
今考えれば、俺は何を考えてたのだろう?
一つに集中してしまい、他の事が見えなくなってしまう癖が自分にある事は知っていた。本当に、何も見えなかったのだろう。
それくらい白水にのめり込んでいた。
その日、両親、弟が寝静まったのを見計らい、家を出た。
テーブルの上には、【男になる為に家を出ます】と、メモを残しておいた。
これから始まる白水との新しい生活。
見知らぬ土地で、二人でひっそりと暮らしていくのだ。
金を稼げるようになるまでの間は、この金でどうにかなるだろう。
小さい頃から貯金していた三十二万円をポケットに入れてきたのだ。
使い道がまるでなく、ここまで貯まってしまったのだ。
あの時、図書室で白水は言った。
『誰もいない、見知らぬ土地に行こう?二人で、この土地を出よう?』
向かった先は中学校の裏口門。
待ち合わせしていた時間に遅れそうだ。
なかなか両親が寝静まらなかったせいだ。
走って、裏口門の坂を登った。
フッと視界に入るシルエット。
見間違えるわけがないシルエット。
『遅いよ』
『はぁ、はぁ、は、走ってきたんだけど・・・ごめん』
『別にいいよ』
白水は俺に構わず坂を下り始めた。
『もう、行くの?』
俺の問いに白水は答えなかった。
白水が坂の中間に差し掛かった頃、坂の一番下に強い光が灯った。
車のライト。
車は坂を登り始めた。
あっという間に白水がいる地点まで登ってきた。
学校の教師か?それにしては随分遅い時間だ。
やがて、学校の教師ではない事に気付く。
その車には、【スカート】が付いていた。
地を擦りそうなパーツ。車体にすっぽりと被さるホイール。
窓は前も後ろも真っ黒。
真夜中に突き刺さる轟音を曝すマフラー。
こんな車、教師が乗るわけない・・・。
やばいな、と一発で嫌な予感とやらには気付いた。
白水の隣で車はピタっと停まり、窓が開いた。
男の顔が見えた。
見た事があった。
確か、三つ上の先輩。隣街の暴走族に入っている人だった。
ここで、俺は白水を助けないといけないわけだ。
喧嘩もろくにした事がない俺が、三つ上の先輩と張り合う・・・
無理だろ?
無謀過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。
そう、今の時点で無理だというのに・・・
更に坂の下からライトが光る。
物凄い爆音。
今度は単車。
それも一台、二台ではなく、数十台。
神を呪った。
この状況を見ても尚、神は腹を抱えて笑っているのか?
俺は・・・冗談でも笑えない。
時はきた。
車から顔を出していた先輩が白水の頬を撫でた。
もう、どうにでもなれ!そう強く己を鼓舞。
ここで動かなきゃ俺は一生このままだ。
歪な偏見を世間と照らし合わせながら生きるしかなくなる。
『ちょっと、待ってください』
俺の言葉は見事なまでに震えていた。
先輩と白水が俺を見てきた。
『お兄ちゃん、夜遅く悪いねぇ』
男の言った言葉の意味が分からなかった。
次の瞬間、後頭部に熱が走った。
いつの間にか、単車に乗っていた男が俺の背後につき、俺の後頭部を殴った。拳じゃない。
感触的に、鉄パイプか?
俺は呆気なく倒れ込んだ。
男達が一斉に騒ぎだした。
『殺せ!殺せ!』
何だこの世界は?
俺には理解し難い世界が広がっていた。
次々に男達が単車から下りてきて、俺に暴行を加えた。
痛みなどとっくになくなっていた。
きっと、細胞達が俺の体を形成するのを嫌になったのだろう。
メキィ!と、鈍い音がした。
『げほ!げほっ!』
俺は蹲りながら血を吐き出した。
歯が落ちていた。
永遠に続くのか?
この理解不能の世界は・・・
そんな事を考えながら、苦しみに苦しんだ時、暴行が止んだ。
ゴロンと、俺は地面に転がり込んだ。
満天の星空がそこにはあった。
しかし、いつも見る星とは違い、真っ赤に燃えていた。
スッと、俺と真っ赤な星を繋ぐ一直線上に、シルエットが割り込んできた。
『ばぁか』
一瞬、見慣れたはずのシルエットを見間違えたのかと思った。
しかし、俺の鼓膜を通過したその声は白水沙矢香だった。
秀才(馬鹿)である俺はこの時に初めて気付いた。
白水が俺を見下しながら言う。
『あははっ!超ウケる!前歯折れてるよ?』
『・・・!』
折られた前歯に何かを詰められた。
白水は続けて言った。
『チクってもいいよ?どうせ私はこの後、昼に上等くれたあの女にけじめつけに行った後、この土地を出ていくからさ』
涙も出なかった。
騙された事を理解しても、泣けなかった。
男だからとか、そういうわけじゃなくて。
白水を連れて、男達は裏口門を去っていった。
精一杯の力で、前歯に詰められた物を取った。
一万円札が二枚。
残りの三十万は、当たり前のように存在しなかった。
『・・・』
白水が俺の前から消えた事実を受け入れた。
最初からこの案があって、ターゲットを俺に絞ったのかは不明だ。
仮にそうだとしても、何故俺だったのか・・・
俺は秀才・・・故に救えない大馬鹿野郎。
白水の目には見えていたのかもしれない。
俺自身でさえ気付かなかった・・・俺の愚かな部分。
こんな醜態だ・・・最初からチクるつもりもなかったが・・・
チクる必要もなくなった。
その日、情報屋にけじめをつけに行く際、白水が乗っていた単車が転倒して還らぬ人となったのだ。
翌日・・・
俺は学校を午前中だけ【ふける】ことにした。
白水から返してもらった二万円を財布に入れて近くの歯科医に行き、差し歯を入れた。
帰り道、お釣りで煙草を買った。
ライターは予め家から持ち出したのを使用した。
むせた・・・まずい。
けれど、止める気はない。
着ていた制服のネックホックを捻り壊した。
第二ボタンまで開け胸元が見えるようにした。
ワイシャツは着ていない。
買った煙草に似た色の赤い普段着が、俺の胸元で熱く燃えていた。
煙草を制服の裏ポケットに入れ、学校の校門を潜った。
その日を境に、俺はブレイクした。
俺と結婚する人も、そりゃ上品な女性だろう。
美人で、知性的、スタイル良く、笑顔が綺麗で、母性本能を擽(くすぐ)るような・・・そんな女性。
白水はそれに全て当てはまっていた。
だから俺はあのような、【過ち】を犯してしまった。
その日の俺は、全ての人間が生き絶えても本当に構わないと思っていた。
ろくに百年も生きられない猿達。
その様子を上空から神は暇潰しに閲覧している。
時に腹を抱えて笑っていたりもするだろう。
所詮その程度なのだから、生きていても然程意味がない。
白水居れば俺は・・・。
今考えれば、俺は何を考えてたのだろう?
一つに集中してしまい、他の事が見えなくなってしまう癖が自分にある事は知っていた。本当に、何も見えなかったのだろう。
それくらい白水にのめり込んでいた。
その日、両親、弟が寝静まったのを見計らい、家を出た。
テーブルの上には、【男になる為に家を出ます】と、メモを残しておいた。
これから始まる白水との新しい生活。
見知らぬ土地で、二人でひっそりと暮らしていくのだ。
金を稼げるようになるまでの間は、この金でどうにかなるだろう。
小さい頃から貯金していた三十二万円をポケットに入れてきたのだ。
使い道がまるでなく、ここまで貯まってしまったのだ。
あの時、図書室で白水は言った。
『誰もいない、見知らぬ土地に行こう?二人で、この土地を出よう?』
向かった先は中学校の裏口門。
待ち合わせしていた時間に遅れそうだ。
なかなか両親が寝静まらなかったせいだ。
走って、裏口門の坂を登った。
フッと視界に入るシルエット。
見間違えるわけがないシルエット。
『遅いよ』
『はぁ、はぁ、は、走ってきたんだけど・・・ごめん』
『別にいいよ』
白水は俺に構わず坂を下り始めた。
『もう、行くの?』
俺の問いに白水は答えなかった。
白水が坂の中間に差し掛かった頃、坂の一番下に強い光が灯った。
車のライト。
車は坂を登り始めた。
あっという間に白水がいる地点まで登ってきた。
学校の教師か?それにしては随分遅い時間だ。
やがて、学校の教師ではない事に気付く。
その車には、【スカート】が付いていた。
地を擦りそうなパーツ。車体にすっぽりと被さるホイール。
窓は前も後ろも真っ黒。
真夜中に突き刺さる轟音を曝すマフラー。
こんな車、教師が乗るわけない・・・。
やばいな、と一発で嫌な予感とやらには気付いた。
白水の隣で車はピタっと停まり、窓が開いた。
男の顔が見えた。
見た事があった。
確か、三つ上の先輩。隣街の暴走族に入っている人だった。
ここで、俺は白水を助けないといけないわけだ。
喧嘩もろくにした事がない俺が、三つ上の先輩と張り合う・・・
無理だろ?
無謀過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。
そう、今の時点で無理だというのに・・・
更に坂の下からライトが光る。
物凄い爆音。
今度は単車。
それも一台、二台ではなく、数十台。
神を呪った。
この状況を見ても尚、神は腹を抱えて笑っているのか?
俺は・・・冗談でも笑えない。
時はきた。
車から顔を出していた先輩が白水の頬を撫でた。
もう、どうにでもなれ!そう強く己を鼓舞。
ここで動かなきゃ俺は一生このままだ。
歪な偏見を世間と照らし合わせながら生きるしかなくなる。
『ちょっと、待ってください』
俺の言葉は見事なまでに震えていた。
先輩と白水が俺を見てきた。
『お兄ちゃん、夜遅く悪いねぇ』
男の言った言葉の意味が分からなかった。
次の瞬間、後頭部に熱が走った。
いつの間にか、単車に乗っていた男が俺の背後につき、俺の後頭部を殴った。拳じゃない。
感触的に、鉄パイプか?
俺は呆気なく倒れ込んだ。
男達が一斉に騒ぎだした。
『殺せ!殺せ!』
何だこの世界は?
俺には理解し難い世界が広がっていた。
次々に男達が単車から下りてきて、俺に暴行を加えた。
痛みなどとっくになくなっていた。
きっと、細胞達が俺の体を形成するのを嫌になったのだろう。
メキィ!と、鈍い音がした。
『げほ!げほっ!』
俺は蹲りながら血を吐き出した。
歯が落ちていた。
永遠に続くのか?
この理解不能の世界は・・・
そんな事を考えながら、苦しみに苦しんだ時、暴行が止んだ。
ゴロンと、俺は地面に転がり込んだ。
満天の星空がそこにはあった。
しかし、いつも見る星とは違い、真っ赤に燃えていた。
スッと、俺と真っ赤な星を繋ぐ一直線上に、シルエットが割り込んできた。
『ばぁか』
一瞬、見慣れたはずのシルエットを見間違えたのかと思った。
しかし、俺の鼓膜を通過したその声は白水沙矢香だった。
秀才(馬鹿)である俺はこの時に初めて気付いた。
白水が俺を見下しながら言う。
『あははっ!超ウケる!前歯折れてるよ?』
『・・・!』
折られた前歯に何かを詰められた。
白水は続けて言った。
『チクってもいいよ?どうせ私はこの後、昼に上等くれたあの女にけじめつけに行った後、この土地を出ていくからさ』
涙も出なかった。
騙された事を理解しても、泣けなかった。
男だからとか、そういうわけじゃなくて。
白水を連れて、男達は裏口門を去っていった。
精一杯の力で、前歯に詰められた物を取った。
一万円札が二枚。
残りの三十万は、当たり前のように存在しなかった。
『・・・』
白水が俺の前から消えた事実を受け入れた。
最初からこの案があって、ターゲットを俺に絞ったのかは不明だ。
仮にそうだとしても、何故俺だったのか・・・
俺は秀才・・・故に救えない大馬鹿野郎。
白水の目には見えていたのかもしれない。
俺自身でさえ気付かなかった・・・俺の愚かな部分。
こんな醜態だ・・・最初からチクるつもりもなかったが・・・
チクる必要もなくなった。
その日、情報屋にけじめをつけに行く際、白水が乗っていた単車が転倒して還らぬ人となったのだ。
翌日・・・
俺は学校を午前中だけ【ふける】ことにした。
白水から返してもらった二万円を財布に入れて近くの歯科医に行き、差し歯を入れた。
帰り道、お釣りで煙草を買った。
ライターは予め家から持ち出したのを使用した。
むせた・・・まずい。
けれど、止める気はない。
着ていた制服のネックホックを捻り壊した。
第二ボタンまで開け胸元が見えるようにした。
ワイシャツは着ていない。
買った煙草に似た色の赤い普段着が、俺の胸元で熱く燃えていた。
煙草を制服の裏ポケットに入れ、学校の校門を潜った。
その日を境に、俺はブレイクした。